フランク・シンドネ

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フランク・シンドネ英語:Frank Sindone、1928年 - 1980年10月29日)、通称:バラクーダ・フランク(Barracuda Frank)[1]ザ・バラクーダ(The Barracuda)[2]は、アメリカ合衆国マフィアフィラデルフィア・ファミリーのソルジャー、高利貸し[3]。1980年にボスのアンジェロ・ブルーノを殺害する計画に協力した。

経歴[編集]

シンドネはアンジェロ・ブルーノの高利貸しのチーフであるとの記録があり、ブルーノのためにファミリーバンクもしくは大規模な事業を運営していたとみられる。シンドネは過去に麻薬取引で服役したり、フィラデルフィア都市圏の違法ギャンブルに深く関与したりしていた。またフィラデルフィア・ファミリーアソシエイトで、ボルチモアのマフィアとつながりがあったハリー・ダセンツォと協力して活動していた。1970年代初頭にジョゼフ・チャンカリーニとともにフィラデルフィア・ファミリーのメイドマンになった。彼らはブルーノの下でメイドマンになった最後のアソシエイトだった。

アンジェロ・ブルーノ殺害事件[編集]

1980年にシンドネはコンシリエーレアントニオ・カポニグロニュージャージー州ニューアークカポジョン・シモーネジェノヴェーゼ・ファミリーのボス、フランク・ティエリとブルーノ打倒計画で提携した。ブルーノ殺害の動機は金銭問題から生じていた。ティエリは最近、カポニグロがニュージャージーハドソン郡で運営している200万ドル規模のブックメーカーの収益金からより大きなパーセンテージを要求していた。ブルーノはティエリに割増金を渡すことに反対し、コミッションにファミリーの言い分を申し立てた。コミッションはブルーノの側に付き、ティエリの要求を却下した。しかし、それでもティエリはカポニグロのブックメーカーを引き継ぐことを決意していた。ティエリはカポニグロがブルーノ打倒を計画していることを知り、カポニグロに、コミッションからこの殺人の許可を貰い、その他の支援も行うと言った。ティエリはコミッションに行かなかったが、カポニグロにコミッションの許可を得たと言った。1980年3月21日、カポニグロの従兄弟のアルフレッド・サレルノであると思われる正体不明のガンマンが車の中にいたブルーノを射殺した。

共謀者たちの死[編集]

ブルーノ暗殺後、シンドネはカポニグロをボスとしたフィラデルフィア・ファミリーのアンダーボスになることを計画していた。しかし、それから1ヶ月もたたないうちに、カポニグロとサレルノの死体がニューヨークサウス・ブロンクス地区で数マイル離れた2台の車のトランクに詰め込まれているのが発見された。1980年9月17日、ジョン・シモーネが死体となって発見された。1980年10月29日、シンドネがサウス・フィラデルフィアの雑貨店の裏の路地で頭を3発撃たれて死んでいるのが発見された。許可なくブルーノを殺害した制裁として、コミッションが4人を殺害したとみられる[2]。ブルーノ殺害は欲に駆られての犯行だったとして、シンドネの口には金が詰め込まれていたとされる[2]

映画[編集]

2019年に公開されたマーティン・スコセッシ監督の映画『アイリッシュマン』では、ジョセフ・ボノがフランク・シンドーネを演じた。

出典[編集]

  1. Manuel Roig-Franzia「‘The Irishman’ tells us who killed Jimmy Hoffa. A lawyer with a secret trove of documents says the movie got it wrong.」The Washington Post、2020年1月14日
  2. a b c チャールズ・ブラント著、高橋知子訳『アイリッシュマン 下』ハヤカワ文庫NF、2019年、302頁
  3. Pennsylvania Crime Commission - Annual Report, 1981PDF”. Pennsylvania Crime Commission (1981年4月). 2022年8月25日確認。

参考文献[編集]

  • Anastasia, George. Blood and Honor: Inside the Scarfo Mob, the Mafia's Most Violent Family. Philadelphia: Camino Books Inc, 2003. ISBN 0-940159-86-4

外部リンク[編集]