ふじみ野暴力団抗争事件

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ふじみ野暴力団抗争事件(ふじみのぼうりょくだんこうそうじけん)は、2008年4月に埼玉県ふじみ野市で起きた暴力団抗争事件である。

概要[編集]

2008年4月1日指定暴力団住吉会系組の幹部が埼玉県ふじみ野市大井武蔵野の住吉会系事務所の駐車場にて射殺される事件が発生。東入間署捜査本部は、暴力団の抗争の疑いで捜査。2010年2月12日には、兵庫県神戸市灘区にある指定暴力団山口組総本部を家宅捜索するなどし、殺人容疑で40人以上の逮捕者を出した。中でも、2010年1月22日に逮捕された3人のうちの1人であるOは山口組小西一家総長であり、山口組の2次団体のトップとしては初の逮捕者となった。

2010年8月12日、殺人、銃刀法違反で指名手配されていた指定暴力団山口組系幹部のTを逮捕。2010年7月1日~8月12日にかけて、指定暴力団山口組系組幹部T被告を宿泊させてかくまったとされたMは2011年1月31日に犯人隠匿容疑(当時、詐欺罪で起訴されていた)で逮捕されている。

組織犯罪処罰法違反、銃刀法違反などの罪に問われた指定暴力団山口組系小西一家総長Oに対して、埼玉県八潮市で山口組小西一家関係者の男性が住吉会系組員に刺殺された報復を行ったとして、2010年3月に起訴した。

裁判経過[編集]

K[編集]

検察側は、2008年3月31日から4月1日にかけて、携帯電話を通して小西一家組員に住吉会系組事務所の住所を教えるなどしたK被告に組織犯罪処罰法違反幇助の罪で起訴した。検察側は、射撃を容易にする情報を与えた罪は重いとして懲役5年を求刑。弁護側は、住所を教えたのは序列が上の組員に指示ためで、抗争ときには組員がいなくなると聞いていたとし、殺害されるとは思っていなかったと主張。Kが持病のため、事件をきっかけに組織に脱退届を出したことも述べ、情状酌量を求めた。2011年5月24日、さいたま地裁(大谷吉史裁判長)は、有罪判決を言い渡した。

T[編集]

組織犯罪処罰法違反や銃刀法違反の罪に問われた指定暴力団山口組系幹部Tに対しては、2012年11月28日にさいたま地裁(大熊一之裁判長)は懲役11年の有罪判決を言い渡した。検察側は、Tらが組織的指示のもとに幹部を報復射殺したと主張していた。弁護側は、Tは積極的に関与のしたわけではなく、組員が拳銃を所持していた認識がなかったとして、減刑を求めていた。

総長[編集]

2010年3月に起訴された総長Oの裁判に対しては、検察側が、危険が及ぶ可能性があるとして裁判員裁判の除外請求を2012年11月末にしていたが、さいたま地裁は除外規定には該当しないとしてこれを却下した。検察が求めた裁判員裁判の除外が決定されたケースは、今回の事件が初で、過去お2件はいずれも認められていた。審理は、2013年5月15日から7月18日までの65日間に及ぶ予定。これは、中断があった裁判を除けば、裁判員裁判としては、結婚詐欺連続不審死事件の100日間、鳥取連続不審死事件の75日間に続き、3番目の長さとなる[1]

検察側は、Oが主導して報復殺人を指示したと主張。一方、Oは報復の殺害の指示も共謀も一切していないとして無罪を主張した。2013年7月18日、さいたま地裁多和田隆史裁判長)は、求刑通りの無期懲役と罰金3000万円の判決を言い渡した[2]

脚注[編集]