青木永弘

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青木 永弘/藤原 長広
あおき ながひろ/ふじわら ながひろ
性別
時代 江戸時代前期 - 中期
生年月日 明暦2年(1656年
死没日 享保8年1月10日1724年2月4日
肩書き 神道家
国籍 日本国旗.png日本

青木 永弘(あおき ながひろ)は、江戸時代前期から中期にかけての神道家[1]

略歴[編集]

長崎諏訪神社の祠官を務めた。京都吉田家神道を学び、学頭に上り詰め、東山天皇に『日本書紀』神代巻を進講したこともある[1]

諸国を歴遊して神書の購読を行ない、復古神道の基礎を作ったりした。享保8年(1724年)1月10日に死去[1]。69歳没。

著書[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. a b c 「日本史人物辞典」(日本史広辞典編集委員会編、山川出版社2000年。P12

参考文献[編集]