袁成
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袁 成(えん せい、生没年不詳)は、後漢末期の政治家。『英雄記』では袁紹の実父としているが、『魏書』では袁逢を父とし、袁成は養父としているため定かではない。ただ袁紹の近親者だったことだけは確かである。字は文開(ぶんかい)[1]。
生涯[編集]
豫州汝南郡汝陽県(河南省商水県)の出身[1]。親分肌であり、大将軍の梁冀をはじめ皇帝の外戚や時の権力者などは全員、袁成と親交を結んだ[1]。そのため「かなわぬことがあれば文開を訪ねよ」とまで言われるほどだったという[1]。
袁紹が生まれてすぐに死去したとされ、跡を袁逢が継いだ[1]。没年は155年頃と推測される。
『三国志演義』では袁紹は袁逢の子とされているため、登場しない。