碇ヶ関御関所

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碇ヶ関御関所(いかりがせきおんせきしょ)とは、現在の青森県平川市碇ヶ関に存在した関所である。

概要[編集]

この関所は安土桃山時代天正14年(1586年)に、津軽為信浅利氏を攻めるために峠を越える道を開き、この場所に関所を設けたのが起源と言われており、Wikipediaでもそのように紹介されている。しかし『津軽郡中名字』によると、当時既に当地には「瞋の関」という名で記録があるため、為信が設けるより前に関所が既にあった可能性が高い。この地は山に囲まれ、遠部川小落前川大落前川などを合わせた河川が北流しており、その流域に集落が点在していたいわゆる要衝であったため、為信より前に関所が既に出来ていても何の不思議も無い。

この関所は江戸時代を通じて弘前藩の表玄関として存続し、明治4年(1871年)になってようやく廃止された。藩の玄関であるため警護は厳しく、その厳格ぶりは箱根の関所と比較されるほどであった。

昭和63年(1988年)、往年の姿のままに復元された。人形を使用して上番所・下番所・女改めなどでの取り調べの様子を再現したり、武具や古文書を並べた資料展示室を設けたりした。

平成16年(2004年7月30日道の駅いかりがせきに移転された。

アクセス[編集]