王建 (三国時代)
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王 建(おう けん、? - 238年)は、中国の三国時代の遼東の武将。公孫淵の家臣。
生涯[編集]
公孫淵の家臣で、公孫淵が明帝に対して反乱を起こした際(公孫淵の乱)、相国に任命された[1]。しかし司馬懿率いる討伐軍に敗れて追い詰められたため、公孫淵は御史大夫の柳甫と王建を降伏の使者として送った。王建は司馬懿に降伏するので城の包囲を解き、公孫淵が自らを縛り上げて投降する旨を願い出たが、司馬懿はこれを許さずに王建と柳甫を処刑し、公孫淵に対して「王建らは包囲を解いて退却するように申し出るなど耄碌しているようなので斬った」と文書で伝えたという[1]。
『三国志演義』でも史実通り司馬懿により処刑されているが、理由は公孫淵が自ら出て来て投降しない事に対してを理由にされており、史実と少し異なっている[1]。