江幡修三

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江幡 修三(えばた しゅうぞう、1921年 - 2009年6月3日)は、日本の法曹である。富山県魚津市出身。30年近くを検察で過ごし、検事総長にも就任。その後、弁護士も務めた。

経歴[編集]

  • 1921年 石川県江沼郡(現在の加賀市)にて生まれる。
  • 1943年 東京大学法学部卒。
  • 1983年12月12日 検事総長に就任。
  • 1985年12月19日 任期を待たずに検事総長を退任。
  • 2009年6月3日 亡くなる。

生涯[編集]

最高検検事時代[編集]

東京高検担当として、ロッキード事件最高検検事として捜査した。

東京地検検事正[編集]

ダグラス・グラマン事件で、捜査を指揮した。

検事総長時代[編集]

1983年12月12日に、同期でもあった安原美穂の後を継いで、検事総長に就任する。

在任中には、財田川事件松山事件徳島ラジオ商事件といった著名事件の再審無罪判決があった。これらに対して、控訴見送りを指示したとされている。

参考文献[編集]