来栖宗孝

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来栖 宗孝(くるす むねたか、1920年[1] - )は、日本の著述業[2]。元日本共産党茨城県委員[3]

中国吉林省延吉市生まれ[1]。水戸高校を経て[3]、1943年東京帝国大学経済学部卒業[1]。戦後茨城県教職員組合執行委員会書記長として1947年2月1日闘争に参加。1948年遠坂良一に引き抜かれ日本共産党茨城県委員会事務局長[4]。「五〇年問題」で国際派として除名され[3]、のち法務省仙台矯正管区長、東海大学文明研究所・同法学部教授などを務めた[1]。「伊藤律の名誉回復を求める会」世話人[3]。刑事政策関係、日本左翼運動史関係の論文多数[5]

著書[編集]

  • 『刑事政策の諸問題――矯正施設論』 1980年[6]
  • 『検証内ゲバ Part2――日本社会運動史の負の教訓』 いいだもも、生田あい、栗木安延、小西誠共著、社会批評社、2001年
  • 『検証党組織論――抑圧型から解放型への組織原理の転換』 いいだもも、生田あい、小西誠、木畑壽信、吉留昭弘共著、社会批評社、2004年
  • 『ゾルゲ遺聞――読書余滴』 来栖宗孝、2011年
  • 『治安維持法 断想――徳田球一上申書に寄せて 社会的・思想的視点から』 社会批評社、2014年

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 【米国公文書】ゾルゲ事件資料集 社会評論社
  2. 自衛官人権ホットラインのサポーター一覧 自衛官人権ホットライン(2013年4月30日)
  3. 3.0 3.1 3.2 3.3 渡部富哉監修、伊藤律書簡集刊行委員会編『生還者の証言――伊藤律書簡集』五月書房、1999年、36頁
  4. 来栖宗孝「農業・農民問題研究のために : お礼に代えて」『立命館言語文化研究』21(3)、2010年1月
  5. 『治安維持法 断想――徳田球一上申書に寄せて』
  6. 出版社は、CiNii 図書では記載なし、社会評論社では「東京プリント出版」、緑川徹「少年院研究の基礎」(『比較法制研究』31巻、2008年)では「同書刊行委員会」となっている。