杜摯

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

杜 摯(と し、生没年不詳[1])は、中国三国時代武将徳魯(とくろ)[1]

生涯[編集]

司隷河東郡聞喜県の出身[1]蘇林韋誕夏侯恵孫該と並んで文章や賦で世に知られた人物と言われる[1]

杜摯は最初は「茄の賦」を献上して司徒軍謀祭酒に任命される[1]。後に孝廉に推挙されて郎中に任命され、校書郎に任命される[1]毌丘倹と同郷で親しかったので、詩を送って仙人の薬1粒を求めたが、これは古の人物を挙げて自分を推挙して欲しいと頼んだもので、毌丘倹もそれを見抜いて拒否する意味の詩を返書したため、昇進はかなわないまま秘書の官で生涯を終えた[1]

三国志演義』には登場しない[1]

脚注[編集]

  1. a b c d e f g h 小出『三国志武将事典』P241

参考文献[編集]