月華殿 (神奈川県)

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月華殿(げっかでん)は三渓園に移築された桃山時代の建物である。重要文化財である。

概要[編集]

三渓園の説明では初代徳川家康により、1603年(慶長8年)に京都伏見城内に建てられ、諸大名伺候の際の控室となっていた。伏見城取り壊しの際に宇治の茶匠上林家へ拝領されと伝わる。その後京都三室戸寺金蔵院へ移され客殿となっていたが、1918年に「春草廬」とともに三渓園に移築された[1]

奈良の柳生彦蔵を通じて、金蔵院に客殿を新築するという条件で当時は荒廃寸前にあった客殿と付属の茶室九窓亭を入手したと伝わる。主要部分の平面はほとんど変わらないが、床の間がある檜扇の間と竹の間とが西・東に並ぶ配置であった(現在は南北に並ぶ)。それを示す墨書が檜扇の間と竹の間の境の敷居に残る。 現在、三渓園で春草廬と呼ばれる九窓亭が竹の間の縁先に付属していた。間取りはそのまま建てられたが、床柱以外は当初のものはほとんど認められないと修理報告書に記載される。移築時に多くの改変がなされ、縁に着けられている高欄は新たに付けられたものである。三方の縁は外回りに雨戸が立てられているが、もとは濡れ縁であった。庇の屋根も切り詰められていることから、母屋の軒が現在より伸びていたと考えられる。

基本事項[編集]

  • 名称:月華殿
  • 指定:重要文化財
  • 建築年:1573年-1614年
  • 構造:木造平屋建、入母家造、檜皮葺庇、こけら葺、竹の間、檜扇の間及び三面の縁
  • 障壁画・襖絵:桃山時代の画家 海北友松と伝わる「桧扇図」「竹図」
  • 欄間:狩野永徳が下絵を書いたとされる菊の透かし彫
  • 指定日:1931年12月14日
  • 所在地:神奈川県横浜市中区本牧三之谷58番1号

文化財オンライン[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. 平井聖・大岡信(1993)『三渓園』新潮社