斎藤 艶(さいとう つや、文化7年(1810年) - 明治元年(1868年))は、日本の女性。内閣総理大臣・海軍大将であった斎藤實の祖母[1]。
陸奥国仙台藩の伊達氏の一族である水沢伊達氏(留守氏)に仕える斎藤貞雄に嫁いだ。生家は内田氏という[1]。
貞雄の間に2男(長男・斎藤耕平、次男・斎藤陽之助)に恵まれた。耕平の子が斎藤實である。
艶は貞雄より4歳年上の姉さん女房で、明治元年(1868年)に58歳で死去した。