小里光次

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小里 光次(おり みつつぐ、? - 元亀3年(1572年)12月)は、戦国時代武将小里氏美濃国小里城主・小里光忠の子。弟に光明。子に光久

概要[編集]

通称は内作。織田信長に仕えた東美濃衆の一人で、元亀3年(1572年)12月に武田信玄西上作戦秋山虎泰が東美濃に攻め込んできた際、他の東美濃衆と共に武田軍と戦い、戦死した(上村合戦)。

跡を子の光久が継いだ。