固有名詞の日本語表記のルール

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固有名詞の日本語表記のルール(こゆうめいしのにほんごひょうきのルール)では、外国で生まれた固有名詞の表記方法について記す。

普通名詞と固有名詞[編集]

意思決定の方法にはいろいろあるが、普通名詞の呼び方の多くが慣習で決まるのに対し、固有名詞は、それが特定の物事に「固有」であるため、その呼び方は、その固有の属性を有する人に決定権があり、その呼び方に従うのが大原則である。

しかし、多くの人がこの隠れた原則を意識してきたわけではないので、歴史的には多くの例外がある。 普通名詞やことわざなどの場合は、長い年月を経て呼び方や意味が変化する場合があるが、固有名詞の場合は、これは原則としてはダメである。それをその時の多数派におもねたり、人の主観や感情に左右されるような決め方をすると、何年か後に多数派が変わってしまい、呼び方が変わってしまうことがあるからである。

自分の名前の呼び方を他人が勝手に多数決で決めたらどう思うか考えてみればいい。 自分の名前の呼び方は、あくまでも本人が決定するもので、それを他人に押し付けるものなのである。 だが、日本が朝鮮や台湾を統治していた時代、現地の人は日本名を使うことを強要されていたこともあった。 基本的人権が十分確立されていなかったからである。

マスメディアの基本ルール[編集]

現在の日本語における外国語カナ表記のルールは、中国語を例外として、原語での発音に従ってカナ表記するというものである。例えば、各マスメディアの方針は、次のようになっている。

「NHKことばのハンドブック第2版」
外来語(中国以外の外国の地名・人名、固有名詞と一般名詞を含む)の発音表記は、それぞれの言葉の日本語化の程度を考慮し、次のように扱う。
  1. 原音と異なる慣用が熟しているものは、慣用の形を尊重する。
  2. 1に示したような慣用が熟していないものは、なるべく原音に近い形にする。[1]
「朝日新聞の用語の手引(2019)」
外国地名の表記は、原則として現地の呼称により片仮名書きとする。ただし、慣用の固定しているものは、それに従う。外国人名の表記は、原則として本人または現地の呼び方による。ただし、歴史的人物やわが国で表記の慣用が固定しているものはそれに従う。[2]
「読売新聞用字用語の手引(第5版)」
外国(中国・朝鮮を除く)の国名、地名、人名は、原則として、その国の発音によってカタカナで書く。ただし、慣用の固定しているものは、それに従う。[3]
「記者ハンドブック(第13版)」(共同通信社)
現地での呼称に基づく片仮名書きを原則とする。慣用が固定しているものは、それに従う。[4]

なお、上書には、’v’の音に対しては「ヴ」を使わない、などのより具体的なガイドラインが書いてあるが、詳細については、ここでは割愛する。

日本語の特長[編集]

日本語には、カナという固有の表音文字があり、母音や子音の種類が多少少ないものの、外国語を発音通りに表記できるということが大きな特長である。 このような特長を持つ言語としては、他にハングル文字を持つ朝鮮語が挙げられる。 しかし、漢字文化圏にある中国、日本、朝鮮で、一般に漢字の発音は異なる。 このことが、漢字で書かれた中国語や朝鮮語の名前を日本語読みしてよいことの例外事由である(漢字例外)。

同様に、同じラテン文字やキリル文字を使っているヨーロッパ諸語は、各言語によって文字の発音に違いがあるため、同じスペルの単語でも違う発音になるという問題点がある(一般化された漢字例外)。特に英語は、他のヨーロッパ諸語と比べて文字の発音が大きく違っている。英語の文字と発音の関係は極めて複雑で、フォニックスとしてある程度は体系化されているものの、不規則な側面が強い。

在日韓国人の崔昌華は、NHKで自分の名前を日本語読みされたことは違法だとして訴訟を起こしたが、当時は朝鮮語の名前を日本語読みすることがルールだったとして、1988年に最高裁で敗訴した。[5] しかし、この裁判をきっかけとしてルールが見直され、外相会談で、固有の表文字を持つ日本語と朝鮮語の間では、相互主義により原語による発音表記に、固有の表音文字を持たない中国語との間では日本語読みしてよいということになった。 これにより、1973年に起こった韓国の金大中が拉致された事件は歴史的に「きんだいちゅう事件」(既存不適合の例)、1998年に大統領となった時には「キムデジュン大統領」と呼ばれるということが起こっている。

また、家永教科書裁判では、教科書検定は憲法の禁止する検閲ではなく、教科書の水準を一定レベルに保つための特許行為であるとされたが、個別の事項の記述の誤りについては訂正を命ずる判決が出されている。[6]この裁判以降、現行の全ての高校の世界史と政治経済の教科書で、アメリカの2人のRoosevelt大統領の名前は、「ルーズヴェルト」ではなく、「ローズヴェルト」または「ローズベルト」と表記されている。

原則と例外[編集]

固有名詞は基本的に「他人の名前」なので、ルールに従った呼び方をすべきものであり、他者が勝手に呼び方を決めたり変更することは、別名の場合を除いて基本的には許されないということである。これは、普通名詞の呼び方が多くの場合、慣習的に(つまり多数決で)決まるのとは大きく異なる点である。また、例外にもルールがあり、例外が認められるのは、具体的には、

  1. 法令で定められている場合。
  2. そのルールができる前から慣習的な呼び方がされている場合(既存不適合)。
  3. 漢字で書かれた中国語(かつては朝鮮語も)の名前の場合(漢字例外)。
  4. 適切な別名・異字の使用に該当する場合(別名)。
  5. 相当の歴史的経緯がある場合(慣習例外)。
  6. その他の特別な事情がある場合(特例)。

の場合であり、逆に例外とは認められないのは、

  1. 既にルールや慣習に沿った呼び方がされているのに、特に理由もなく、そうでない呼び方をされている場合(ルール違反)。
  2. 単なる単語のミススペルや発音間違いの場合(誤読、誤記、誤表記)。
  3. 不適切な別名・異字の使用の場合。
  4. 表記のゆれが許容範囲内でない場合。
  5. 法令に抵触するおそれがある場合。

である。

国名[編集]

我が国における外国の正式名称は、「在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律」により、外務省が決定している。以前は、イギリスの正式名称が「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」とされていたなど、一般的に使われている呼び方と違うものがあったため、当時の外務大臣の指示によって2003年に法改正が行われ、現在は「英国」となっている。「イギリス」という呼び方は、「イングリッシュ」がなまったもので、「英国」の別名である。また、カタカナ表記で「ヴ」を使わないようにする改正が2003年に行われた。[7]

ロシア語由来の「グルジア」が英語名の「ジョージア」に変わったのは、同国からの要請により、2015年にこの法律が改正されたことによる。[8]

別名と間違い[編集]

 上記のような事情にもかかわらず、一般的に間違った呼び方がされている例が正されないのは、別名と間違いの区別ができていないことが一因である。

 本来の呼び方とは別に、一定の条件下で許容される「別名」と呼ばれるものがある。 別名には、通称、愛称、略称、旧姓、タレント名、ペンネーム、リングネーム、雅号、ニックネーム、ハンドルネーム、ラジオネーム、異字体、イニシャル、幼名、古称、四股名(しこな)、諡名(おくりな)、戒名(かいみょう)、方言、屋号、日本名、他言語での呼び方なと、多くの種類があるが、共通していることは、(それを使っている人が別名であることを知っているかどうかは別として)他に正式な呼び方(本名)があるということと、状況に応じた適切な用法があるということである。具体例は、以下の各項目で挙げる。

協調性バイアスと現状維持バイアスの不合理性[編集]

以上のように、単に「一般的にそう呼ばれているから」というだけでは、多くの人が間違って呼んでいるだけで、例外とは認められない場合がある。しかし、実際には、多数派が間違った呼び方をしている場合には、なかなか正されないことも多い。これは、協調性バイアスや現状維持バイアスと呼ばれる、この問題の核心部分である。  協調性バイアスとは、例えば心理学の実験で「1+1はいくつか?」と10人の被験者に質問した時、最初の9人のサクラの被験者が「3」と答えると、10人目の被験者も「3」と答えてしまうという心理的トリックである。「赤信号みんなで渡れば怖くない」という川柳にも表現されている不合理である。もちろん、数学の問題はルールに従って答えが決まるもので、多数決で決められるものではない。

 現状維持バイアスとは、人は保守的で変化を嫌う傾向を指す。これまでのやり方や考え方を踏襲しようとするだけで、新しいことを始めようとしなかったり、従前の間違いを正そうとしない態度である。特に官公庁や学会の体質は保守的で、頭が固くて変なプライドばかり高い人が多く、縦割りや前例主義がはびこり、従前の間違いを速やかに正そうとせずに既成事実化しようとするので、この問題の解決をより困難にしている。菅首相は、官僚組織のこういう点を問題にしたが、こうなる根本的な原因は、限られた予算を多くの人が取り合うというゼロ和ゲームだからであり、いくらでも成長の余地のある民間市場の非ゼロ和ゲームとは、ゲームの性格が異なるからである。

表記の許容範囲と誤表記[編集]

外国語の名前の適切なカナ表記の仕方は、ユニークとは限らない。 音韻自体が日本語にはない音だったり、同じスペルでも異なる言語や人名や地名によって異なる発音であることがある。 例えば、

◎許容範囲内の例

 Taylor (英語) =「テイラー」、「テーラー」、(「タイラー」と発音する人もいる)

 Roosevelt (英語) = 「ローズベルト」、「ローズヴェルト」

 Austin (英語) = 「オースティン」、「オースチン」

 Weimar (ドイツ語) =「バイマール」、「ヴァイマール」

 Zhang (中国語)=「ジャン」、「チャン」

●許容範囲内とは言えない例

 Halley (英語) : ○「ハリー」、×「ハレー」、(「ヘイリー」と発音する人もいる)

 Roosevelt (英語) = ○「ローズベルト」、×「ルーズベルト」、(現行の世界史や政治経済の教科書は全て「ローズヴェルト」または「ローズベルト」である)

 Stanley (英語) = ○「スタンリー」、×「スタンレー」、(「スタンレー電機」は会社名としての固有名なのでOK)

 Weimar(ドイツ語) : ○「バイマール」、×「ワイマール」    Calsium (ラテン語)  : ○「カルシウム」、×「カルシューム」、(「ワダカルシューム」は会社名としての固有名なのでOK)

 Alminium (ラテン語)  : ○「アルミニウム」、×「アルミニューム」、(「東海アルミニューム」は会社名としての固有名なのでOK)

 Titanium (ラテン語)  : ○「チタン」、×「チタニウム」、(「大阪チタニウム」は会社名としての固有名なのでOK)

 そもそも、人名や地名、会社名などは学術用語ではないので、学会がその呼び方をその自由裁量で決められるものではない。学会は、その呼び方を調査して正しい呼び方を示すだけである。

国際化する現代[編集]

 固有名詞の呼び方は、国際的に共通であるものが多く、通信衛星や海底ケーブルなどによるインターネット、国際テレビなどの急速な国際情報化が進む現代においては、国際的に通用しない日本特有の呼び方をすることは、外国人とのコミュニケーションをとる上で障害にもなりかねないので、できるだけそのような呼び方をしない方がよい。 実際、デンマークの童話作家Andersenをデンマーク語では「アナセン」と発音するが、デンマーク人から「日本ではなぜそう呼ぶのか?」と問い返してきたりする。逆に日本人が外国で間違って呼ばれている例もある。

 多くの人がこういう誤表記をしている場合、何も知らない一般の人が間違って呼んでも違法とされたり非難されることはないが、真実を知り、真理を探究し、普及すべき立場にある専門家が敢えて間違った呼び方をすることは、その立場上不適切であり、避けるべきである。

ルールの具体化[編集]

 さて、以上のルールを具体化すると、次のようになる。固有名詞の種類によってルールが違うという点が重要である。

実在の人名[編集]

 実在の人名の呼び方は、本人がその呼び方を決めるものであり、それに従うのが原則であって、他人が勝手に多数決で決めるべきものではない。名前は基本的人権の一つであり、人には呼称人格権というものがある。 人名については、「別名」と呼ばれる違う呼び方があることがあるが、それらには適切な用法というものがある。しかし、外国人の名前については、外国語の読み方に詳しくない人が適当に書いた不適切な表記が数多く氾濫し、どれが正しいのかわからないという状況が数多くあって、一部ではそれが一般的な呼び方として既成事実化され、間違いが定着している例があるのも事実である。しかし、これらの間違った呼び方は、本人の呼称人格権を侵害するもので、法律的に正しくない状態が放置されているだけであるので、正されるべきものである。ただ、外国語の発音に詳しくない人がいたり、日本語にはない発音があったりするので、そのカナ表記にはある程度の”揺れ幅”がある。しかし、だからといってどんな適当なカナ表記も許容されるべきというわけではない。それは暴論であり、表記の揺れの許容範囲については、個別の語ごとに検討する必要がある。

以前は、漢字で書かれた朝鮮語も日本語読みしていた(例:金大中事件=「きんだいちゅうじけん」)が、在日韓国人の訴訟をきっかけとして原則ハングル読みにするようになった一方で、中国語については、従来通り日本語読みすることに政治決着した。その理由は、日本語には仮名、朝鮮語にはハングル文字という固有の表音文字があって、相互に発音通りの表記が可能であるのに対し、中国語には固有の表音文字がない(発音記号はある)ことが大きな理由である。

★衆議院および参議院議員選挙では、通称の使用が認められており、「横山ノック」、「八代英太」、「扇千景」、「アントニオ猪木」、「麻原彰晃」、「マック赤坂」などの例がある。女性議員の場合は、旧姓を使用している人も多い。だが、最高裁は、旧姓の使用を認めないことは違憲ではないとしている。

★「聖徳太子」は、「厩(うまや)戸(との)皇子(おうじ)」に対して後世の人がつけた別名である。また、後醍醐天皇など少数の例外を除き、歴代天皇の「○○天皇」という呼び方も、後世の人がつけた名前である。

★「弘法大師」は、「空海」に対して醍醐天皇がつけた諡名である。

★「西郷隆盛」は、彼の使っていたいくつもの別名の一つで、父の名前である。

★「竹千代」は、徳川家康らの徳川家、松平家の幼名である。

★日本の歌手「サンプラザ中野くん」は、本名「中野裕貴」で、1980年に「中野サンプラザ」で行われたアマチュアバンドのコンテストに出場して高評価を得たことから「サンプラザ中野」と芸名を決定した。中野サンプラザも宣伝になるとしてこの名前の使用を許可しているが、2008年に「サンプラザ中野くん」と変更した。

★日本の歌手グループ「シャネルズ」は、高級ブランド「シャネル」からクレームがついたため、「ラッツ&スター」と名前を変えたと言われている。

★イギリスのロックバンドLed Zeppelinは、イギリス英語では「レッドゼッペリン」と発音する。日本におけるアーティスト名としては「レッドツェッペリン」である(これは日本での権利を持っているWarner Music Japanに決定権がある)が、小惑星(4749)の名としては、イギリス英語読みの「レッドゼッペリン」となる。天体に命名された場合、その名前は由来となったものとは別物となるため、同じ呼び方にする必要はなく、ルールに従った呼び方が適用される。国際的には、英語読みの「レッドゼッペリン」で通用する。

★ローマ皇帝”Julius Caesar”は、ラテン語で「ユリウス・カエサル」であり、「ジュリアス・シーザー」はその英語読みである。

★「孔子」をラテン語では「コンフキウス」(Confucius)と呼ぶ。外国の情報がテレビやインターネットでリアルタイムに得られる現在とは違い、孔子の時代、中国の情報がヨーロッパに伝わるには、シルクロードを通って何年もかかった。この間に伝言ゲームのように呼び方か変わっていったのはやむを得ないことである。逆にギリシャ神話の神々がシルクロードを通って日本に伝わって来た時には、「風神」、「雷神」などと呼ばれた。

★チェコの作曲家Dvořákは、チェコ語では「ドゥヴォジャーク」と発音する。NHKは「ドボルザーク」と呼んでいるが、TBSの「世界ふしぎ発見」では正しく「ドゥボジャーク」と呼んでいた。

★ハワイの「アリゾナメモリアルセンター」では、真珠湾攻撃を指揮した山本五十六(いそろく)を”Yamamoto Isoruku”と紹介していた。これは、単なるミススペルである。

★アメリカには、2人のRoosevelt大統領がいる。第26代Seodore Rooseveltと第32代Franklin Rooseveltである。2人はオランダ系の遠縁の親戚関係にあるが、正しくは、「ルーズベルト」ではなく、「ローズベルト」と発音する。現行の高校の世界史や現代社会の教科書は、全て「ローズベルト」(またはローズヴェルト)と表記されており、歴史学者の意識の高さがうかがえるが、他分野の教科書には正確でない人名表記が見受けられ、研究者の意識の低さがわかる。

★デンマークの童話作家Andersenは、デンマーク語では「アンデルセン」ではなく、「アナセン」と発音する。「アンデルセン」は、オランダ語やドイツ語での発音である。

★イギリスの天文学者Edmond Halleyは、標準的な英語では「ハリー」と発音する。「ハレー」は、単なる読み間違いに過ぎない。

架空の人名[編集]

 ギリシャ神話、ローマ神話、北欧神話、伝説、小説などに登場する架空の人名の呼び方については、その作品によっている。 ローマ神話の場合は、ローマ帝国時代の公用語であるラテン語読みすることが原則である。例えば、Ceres=「ケレス」である。英語では「シリーズ」と発音するが、日本では「シリーズ」と呼ぶ人はいない。「セレス」という呼び方は、フランス語読みやスペイン語読みであるが、一部にこういう呼び方をする人がいるのは、かつて大学のある偉い先生が「セレス」と呼んだため、その弟子の研究者に引き継がれたためであると言われている。

ギリシャ神話の場合は、神話上の人物としては古典ギリシャ語読み(現代ギリシャ語とは発音が異なる)されることが多いが、天体に命名された場合は、神話に由来して命名された別物の名前と解釈され、古典ギリシャ語形でもラテン語読みされる慣習である。

北欧神話は、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語などのもととなったノース語(古ノルド語)読みである。

国名[編集]

「日本」という国名を諸外国語では、「ジャパン」、「ジャポン」、「ハポン」、「ヤーパン」、「リーベン」、「イルボン」などと様々に呼ばれるのは、孔子と同様の歴史的経緯によるものであり、他の言語でも普遍的にみられる現象である。このように慣習的な呼び方が定着したものの多くは、数百年以上の歴史を持つ古い名前である。

地名[編集]

国名以外の地名については、日本語での慣習的な呼び方が定着しているものや、漢字を日本語読みする中国語の名前を除いて、現地での発音に従って表記するのが原則である。しかし、もともと土地に名前がついているわけではなく、人間が勝手に名前を付けたものなので、人によって呼び方が異なる場合がある。特に歴史的にその土地を支配する民族や国家が変遷した場合はそうである。例えば、千島列島はロシア語では「クリル」、尖閣諸島は中国語では「釣魚島」、竹島は韓国語では「独島」である。スイスの都市Zürichは、スイス人でもドイツ系の人は「チューリッヒ」、フランス系の人は「ズーリック」と発音する。

地名の呼び方は、このような歴史的経緯を反映した慣習的な呼び方をされるものも多い。北京と南京は、現在の中国語では「ベイジン」、「ナンジン」であるが、日本では清の時代の発音「ペキン」、「ナンキン」と呼ばれている。しかし、現在でも「ペキン」と呼ぶのは、世界的には少数の国のみである。中国語の名前は漢字を日本語読みするのが原則である(漢字例外)が、それでも青島=「チンタオ」、上海=「シャンハイ」、台北=「タイペイ」などと中国語読みするものもある。台湾の高雄は、もともと現地の言葉で「ターカウ」(打狗)と呼んでいた地名に日本統治下の時代に漢字を当て字したもので、現地では現在ではそれを中国語読みして「カオション」と呼んでいる。

これ以外の例としては、現地語読みではなく、英語名で呼ばれている地名もある。例えば、香港は、現地の広東語では”Heungkong”=「ヘウンコン」で、”Hongkong”=「ホンコン」という呼び方は英語であり、北京語では「シャンカン」と発音する。ナイル川(“Nile”)も英語読みで現地のアラビア語では「ニレ」、スペインの「アルハンブラ(Alhanbra)宮殿」はスペイン語では「アランブラ」、オランダの都市”Gent”=「ヘント」は英語では”Ghent”=「ゲント」である。

このように、原則から外れた呼び方を例外として認めるかどうかは、政策問題であるとされる。2022年のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、政府自民党は、それまでロシア語で呼ばれていた「キエフ」、「チェルノブイリ」、「オデッサ」などの地名をウクライナ語読みの「キーウ」、「チョルノービリ」、「オデーサ」に変更すると発表した。最近の傾向としては、原則から外れた呼び方は、次第に原則にのっとった呼び方に変更する方向にある。

このような事情は、外国語においても普遍的に見られる。特に同じラテン文字を使うヨーロッパ各国語では、一般化された漢字例外の問題(同じまたは等価な文字を使う異なる言語間で発音が異なる現象)のため、外国語の名前を自国語式に呼ぶことが普通である。しかし、日本語の場合は、仮名という固有の表音文字を持つため、外国語をその発音通りに表記することが可能である。朝鮮語にもハングル文字という固有の表音文字があるため、日本語と朝鮮語の間では、相互に発音通りに呼ぶというルールが可能となった。

★「信濃川」は新潟県内での呼称であり、長野県内では「千曲川」である。

★「真珠湾」は、「パールハーバー」(Pearl Harbor)に対する日本名である。

★「樺太」は、「サハリン」(Sakhalin)に対する日本名である。

★「釣魚島」は、「尖閣諸島」に対する中国名である。

★現在の東京に対して「江戸」と呼ぶことは、適切な別名の用法ではない。同様に、北京を「ペキン」(Pekin)と呼ぶのは清の時代の発音であり、現在は「ベイジン」(Beijin)と呼ぶべきであるという議論がある。

★ヒマラヤの「エベレスト」(Everest)は、ネパール名「サガルマータ」(Sagarmatha)、チベット名「チョモランマ」(Chomolungma)に対する英語名である。

★アラスカの「マッキンリー」(McKinley)は、2015年に現地語に由来する「デナリ」に変更された。

★アメリカ・カリフォルニア州のBerkleyは、「バークレー」ではなく、「バークリー」である。英語の”-ey”は、key=「キー」、monkey=「モンキー」のように、一般に「エー」ではなく、「イー」と発音する。”money”,”valley”の英語での発音は、「マニー」、「バリー」であるが、日本では「マネー」、「バレー」と呼ばれている。これらの単語は固有名詞ではなく、普通名詞なので問題はない。英会話の時に発音に注意すればよい。

★「アルプス(Alps)山脈」という呼び方は英語で、スキーの用語としてはドイツ語の「アルペン(Alpen)競技」、フランススイスの地名としてはフランス語の「アルプ(Alpes)」、月面の地形としてはラテン語の「アルペス(Alpes)山脈」などと呼ばれる。

会社名、組織名、商品名[編集]

 会社などの組織や商品の名前は、その組織や会社自身が決定するものである。“McDonald”の日本名「マクドナルド」は、英語の発音とは若干異なるとも言われているが、1971年に銀座三越にその1号店がオープンした時に日本法人である「日本マクドナルド」がそのような名称にすると決定したもので、決して「みんながそう呼んでいるから」という理由で「マクドナルド」と呼んでいるわけではない。もしそうなら、「マクドナルド」の1号店の名前は誰が決めたのか、という疑問が生ずる。これを1号店問題という。「マクドナルド」の略称は、関東では「マック」、関西では「マクド」であるが、このような通称・略称は、慣習によって決まる別名である。香港や中国での名前「麦当劳」(マクドンノウ/マイタンラオ)は、香港に1号店がオープンした時に現地法人がつけた広東語での当て字をそのまま中国本土でも使用しているものである。「ケンタッキー」の中国語名「肯徳基」も同様である。このように、外国では異なる名前で呼ばれている例は、たくさんある。

★ドイツの自動車メーカー"Volkswagen"は、ドイツ語では「フォルクスバーゲン」と発音する。「フォルクスワーゲン」は、英語読みであり、日本やアメリカでの同社の呼称である。各国での呼び方は、同社の現地法人が決定するものである。

★韓国の自動車メーカー”Hyundai(現代)”は、かつては「現代(げんだい)自動車」と呼ばれていたが、韓国語での発音は「ヒョンデ」である。しかし、この会社の日本法人は、日本での名称を「ヒュンダイ」とするとしている。

★同しく韓国の電機メーカー”Samsung(三星)”は、韓国語での発音は「サムソン」である。韓国語では、英語と同様に、アとオの中間の音をUで表記することが多い。しかし、この会社の日本法人は、日本での名称を「サムスン電子」としている。これは、サムソンで商標登録できなかったことも一因である。

★日本の光学メーカー「ニコン」(Nikon)は、アメリカでは「ナイコン」と呼ばれている。これはアメリカの現地法人が決めたものである。

★Stanleyの標準的な英語での発音は「スタンリー」である(例:Stanley Cublic=「スタンリー・キューブリック」)。しかし、日本には「スタンレー電機」という会社がある。この会社の呼び方は、この会社自身が決めるものなので、「スタンレー」という呼び方は誤りではない。

★Harleyの標準的な英語での発音は「ハーリー」である。しかし、日本ではアメリカの二輪車メーカー"Harley Davidson”を「ハーレー・ダビッドソン」と呼んでいる。この名前の決定権は、同社の日本法人にある。

★トヨタ自動車は、日本で”Vitz”というブランド名で販売していた自動車を海外でのブランド名”Yaris”に変更した。


元素・化学物質名[編集]

 元素や化学物質の和名については、国際純粋および応用化学連合(IUPAC)のルールに基づいて、日本化学会が決定し、日本物理学会がそれを承認することとなっている。また、多くの金属元素の名前は、語幹に“-ium”の語尾をつけてラテン語化したものである。日本で発見された113番元素「ニホニウム」は、このようにして命名されたものである。ハロゲン元素は語尾が”-in”、希ガス元素は語尾が”-on”で終わる名前をつける慣習になっている。

Uranium、Alminium、Calsium、Titanium、Selemium、Teluliumなどは、かつては「ウラニウム」、「アルミニューム」、「カルシューム」、「チタニウム」、「セレニウム」、「テルリウム」などと呼ばれたりしていたが、現在では「ウラン」、「アルミニウム」、「カルシウム」、「チタン」、「セレン」、「テルル」となった。 これにより、それ以前にこれらの名称を社名に冠していた会社名などについては、会社名としての固有名詞(その会社に決定権がある)として、既存不適合の例外となる。


★「ヘリウム」は、希ガス元素であるにもかかわらず、”-on”で終わっていないのは、最初に太陽(helios)のスペクトル線中に未知の元素として発見され、命名されたという歴史的経緯による。

★かつては「ウラニウム」、「チタニウム」、「セレニウム」と呼ばれていたものが、現在は「ウラン」、「チタン」、「セレン」となったが、「大阪チタニウム」、「東邦チタニウム」のように、会社名として残っているものもある。これらの会社名は、その会社が決定するものであり、誤りではない。

★IUPACのルールは近年になって作られたものであるため、「エチレン」、「アセチレン」、「オゾン」のように、それ以前からの慣習的な呼び方がされているものもある(IUPACのルールに従えば、これらの呼び方は「エテン」、「エチン」、「三酸素」となる)。これらは既存不適合の場合である。

学名、学術用語[編集]

 生物や星座の学名は、全てラテン語である。他の学術上の用語は、ラテン語や英語のものが多い。

★Triceratopsは、日本語としてはラテン語読みで「トリケラトプス」、英語読みでは「トライセラトップス」である。

★virusは、かつては医学用語としてドイツ語読みの「ビールス」と呼ばれていたが、現在はラテン語読みの「ウィルス」と呼ばれている。英語では「バイラス」と発音する。

★津波(Tsunami)は、学術用語として国際的に認められている日本語である。

★西洋音楽の用語は、イタリア語のものが多い。Cello=「チェロ」、Piano=「ピアノ」、Forte=「フォルテ」、Andante=「アンダンテ」、Fino=「フィノ」など。

このように、固有名詞の呼び方は、その種類によってルールが異なり、複雑である。

誤表記に対する対処法[編集]

外国語の名前の正確な発音は、よくわからないことが多いのが難点だが、それが間違って書かれた場合の対処法について述べる。

放送法[編集]

各国の正式名称は外務省が法律で定めているが、一般的に使われている呼び方は、その略称や通称などの別名である。また、名前は個人の基本的人権のひとつで呼称人格権(氏名権)というものがあり、名前を間違って呼ぶことは人権侵害に当たる。このため、放送法では、次のように規定されている。

第4条、放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。

 一、公安及び善良な風俗を害しないこと。

 二、政治的に公平であること。

 三、報道は事実をまげないですること。

 四、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

第9条、放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由によつて、その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人から、放送のあつた日から三箇月以内に請求があつたときは、放送事業者は、遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して、その真実でないことが判明したときは、判明した日から二日以内に、その放送をした放送設備と同等の放送設備により、相当の方法で、訂正又は取消しの放送をしなければならない。

2、放送事業者がその放送について真実でない事項を発見したときも、前項と同様とする。

3、前二項の規定は、民法(明治29年法律第89号)の規定による損害賠償の請求を妨げるものではない。

このように、テレビラジオの放送で名前を間違って呼んだ場合などは、訂正または取り消しをしなければならないので、出演者は注意する必要がある。誤りの指摘は、第9条第2項の規定により、本人や直接関係者だけでなく、一般視聴者からも可能なので、間違いに気づいたらできるだけ多くの視聴者が指摘することが重要である。

戦前は新聞法があったため、その名残で現在でも新聞における表記は、一般図書のそれに比べると厳格である。

人権問題等[編集]

 憲法裁判所がない日本の司法制度では、裁判は訴えた個人の利益を保護することを主たる目的とした制度となっているため、名前が間違って呼ばれている場合、裁判によってその訂正や慰謝料を求められるのは本人か直接関係者に限られるので、故人や外国人の名前が日本で間違って呼ばれている場合には、誰も裁判によって誤りを訂正させることができないという法理論となっている。また、裁判所は違法かどうかというレベルでしか判断しないので、例え政策として不適切であっても違法とまで言えなければ、適法で適切という誤った印象を与えることになる。このため、外国語の不適切な表記が放置され、日本語表記が混乱しているという状況が是正されないのである。これは日本の司法や行政の制度そのものの重大な問題点である。日本は法治国家であるが、それは裏を返せば、法律がないために解決が難しい問題が数多くあるということでもあり、この問題はそういうもののひとつであるとも考えられる。だからこそ、この政策を司る政府機関には、より適切な対応をする重い責任が嫁せられるということであり、この問題の解決には、政治的な判断も必要である。実際、韓国人の名前の呼び方のルールが日本語読みからハングル読みへと変更された時には、日韓の外相会談が行われて政治決着が図られた。

人権問題については、本人や直接関係者が救済を求めなければならないのが基本である。しかし、このような人権問題については、世界人権宣言国際人権規約があることなどの理由により、他国が干渉することは内政干渉には当たらないというのが一般的な解釈である。例えば、ナチスによるユダヤ人迫害、南アフリカのアパルトヘイト、中国の天安門事件やウィグル問題、香港問題などは、諸外国からの非難や制裁を招いている。また、子供の人権侵害については、大人が救済にあたる必要がある。このように、本人が人権侵害を救済できない場合、他者がその人権を守るために動くことは重要なことなのである。従って、呼称人格権(氏名権)の侵害という人権問題にあたり、本人が呼称の訂正を申し立てることが困難な故人や外国人の名前の呼び間違いの問題については、他者が代わりに救済に動く必要がある。

知る権利 (情報公開法)[編集]

外国語の表記問題は、基本的に法律問題ではなく、政策問題であるというのが一般的な解釈であるが、この問題は、本人に対する人権侵害という側面よりも、多数の国民に対して誤った情報を発信するという弊害の方がより大きな問題点である。特に国家権力が介入する教科書の記述や、国や自治体、学会などの機関の書いた文書に誤ったことが書かれると、その悪影響は大きなものがある。 国や学会が誤った記述をしてもそれを裁判を通じて誰も正せないというのは、その悪影響の大きさを考えると不合理としか言いようがない。公務員の雇用主は国民であり、公務員は雇用主に対する責務を果たしていないということになる。 この場合は、知る権利の侵害となる可能性がある。

「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(情報公開法)には、次のように規定されている。

第一条、この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。

つまり、情報公開法の下には「国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進」があるということであり、この法律が単に非公開の情報の公開と、それが誤った情報である場合の訂正・削除を求める権利を保障するだけでなく、既に公開されている情報に対する訂正・削除を求める権利の根拠にもなる。これにより、行政機関等が国民に対して誤った情報を発信することの違法性、およびその訂正・削除を求めることの法的な根拠が担保される。

マスメディアの暴走報道と自作自演[編集]

 テレビや新聞などの大きな影響力を持つマスメディアが、一度間違った呼び方で報道すると、それが連鎖的に拡散して正せなくなることによる弊害である。

脚注[編集]

  1. 「NHKことばのハンドブック第2版」、NHK出版、2005年
  2. 「朝日新聞の用語の手引(改定新版)」、朝日新聞出版、2019年
  3. 「読売新聞用字用語の手引(第5版)」、中央公論新社、2017年
  4. 「記者ハンドブック(第13版)」、共同通信社、2020年
  5. 崔昌華
  6. 「家永教科書裁判 三二年にわたる弁護活動の総括」、家永教科書訴訟弁護団、日本評論社、1998年
  7. 在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律
  8. 在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律