企画院
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企画院(きかくいん)とは、昭和12年(1937年)10月25日に第1次近衛文麿内閣の時に日中戦争などから戦時経済を企画し、推進するために内閣に設けられた行政官庁である。
概要[編集]
昭和12年(1937年)7月に始まった日中戦争は終結の見通しが立たず、華北から上海に戦線が拡大し、10個師団を超える兵力が派遣される段階になった。このため、軍需物資の計画的な動員が軍部から要請されるようになり、かつて田中義一内閣時代の昭和2年(1927年)5月に設立されて総動員計画の準備に当たっていた資源局と、昭和12年(1937年)5月に内閣調査局を改組して発足させたばかりの企画庁を合併して設立されたのが企画院であった。
国家総動員計画の立案、遂行の中心機関となり、昭和13年(1938年)には国家総動員法や物資動員計画(物動計画)が制定・企図された。
昭和18年(1943年)11月、東条英機内閣の際に新設された軍需省に統合されて総動員局となり、一部は内閣参事官室に移された。