二度泣き橋
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二度泣き橋(にどなきばし)、正式名称:開運橋とは、岩手県盛岡市の北上川にかかる橋梁である。
概要[編集]
1891年に全線開通した現在の東北本線が、1890年に日本鉄道によって盛岡駅に達した際に、駅から盛岡市街へのアクセスを目的として当時の岩手県知事である石井省一郎が私費で建造した。当初は通行料を取っていたが、翌年に県が買収した。現在のトラス橋は1952年にかけ替えられたものである。
名称の由来[編集]
二度泣き橋という名前は、東京等の遠方から越してきた者、主に転勤者が駅からやってきた際に、とんでもないところに来てしまったと一度泣き、盛岡から帰る際にも名残惜しくなってもう一度泣くということが語源とされている。