ノリの養殖
本項では、板海苔の原料となるスサビノリの養殖法について解説する。現在ノリの原料とされている海藻は、殆どの場合紅藻類のスサビノリ Porphyra yezoensis である[1]。糸状体をカキ殻上で形成させ、放出される殻胞子を網に付着させ、網の上で葉状体を育てるという手順を踏む。
スサビノリの生活環[編集]
養殖方法の紹介の前に、まずは対象となるスサビノリの生活環を紹介する。多くの海藻は、胞子体、そして配偶体という2つの世代があり、それぞれに独立した藻体をもつ。また、アナアオサのように胞子体と配偶体の形が似ている同形生活環と、コンブのようにまったくことなる形をもつ異形生活環の二つが存在する[2]。スサビノリは異形生活環をもつ種であり、胞子体と配偶体はまったく異なる形を持っている。
生活環の流れを解説する。三上(2020)[3]、および愛知県HP[4]をもとにしている。スサビノリには、いわゆる海藻らしい形をしている配偶体と、糸状で微小な藻体をもつ胞子体のニ種類の世代がある。殻胞子嚢も独立した世代とみなす考えもあるが、養殖法と関係しないためここでは解説しない。
- まず、配偶体上で春先に雄と雌の配偶子(精子と卵)ができる。
- 配偶子が受精し、できた細胞が分裂を繰り返し、果胞子を複数含む果胞子嚢になる。
- 果胞子嚢から放出された果胞子は貝殻上で胞子体(糸状体)となり、貝殻などの石灰質に穿孔してそこで夏をすごす。
- 秋になると胞子体の上に殻胞子嚢ができ、そこから殻胞子が放出される。
- 殻胞子は減数分裂、体細胞分裂をおこない、配偶体である葉状体へと成長する。これが、一般に食用とするノリの部分である。
- 葉状体の先端、周辺部に精子嚢、および造果器が形成され、はじめにもどる。
このように、スサビノリは水温の高い夏を糸状体で過ごし、水温の低い冬に葉状体を伸ばすという生活環を持っている。海藻にとっては夏の高水温は厳しい環境条件である。そういった時期に糸状体として過ごすことが、スサビノリの生存を有利にしていると考えられる。つまり、ノリの養殖においては糸状体を育てるフェーズ、そして葉状体を育てるフェーズが存在することになる。糸状体を育てるフェーズは一般的に陸上で行われ、葉状体を育てるフェーズは海面に張った網上で行われる。
スサビノリの養殖[編集]
以下、山本海苔店HP[5]、および佐賀県HP[6]の記載をもとに養殖の流れを解説する。佐賀県、有明海における養殖法の例である。
- 貝殻への糸状体の植え付け
- ノリの養殖は、貝殻へと糸状体を植え付けるところから始まる。糸状体を植え付ける対象としては、カキの殻が広く使われる。糸状体を単体で成長させ、マリモ状になったフリー糸状体が、各地の研究所・培養場に保存されており、そこから糸状体が調達される。フリー糸状体をミキサーで裁断し、カキ殻の敷き詰められた陸上の水槽と投入する。まかれた糸状体は、貝殻に穿孔して成長する。
- ノリ支柱立て込み
- 海苔養殖には、海底に支柱を立て込んで海苔網を固定する「支柱式養殖」と、いかだに海苔網を固定して海面へと浮かべる「浮流し養殖」があり、前者は浅い海で、後者は深い海で行われる[7]。有明海は水深が浅いため、支柱式養殖が行われている。9月ごろになるとノリの養殖に備え、支柱を海底に立て込む作業が始まる。スサビノリは干出に比較的強く、干出する時間を作ることで病気や、他の藻類が生えることを防ぐことができる。そのため、干出する時間を作るように網の高さが調節される。
- 採苗
- 10月頃、水温25℃以下になるタイミングで採苗の作業が開始される。海苔網を30枚程度重ね、そこにラッカサンとよばれるビニール袋をぶらさげる。その中には、糸状体の付着したカキ殻が1、2個ずつ入れられている。これが漁場に運ばれ、海面に浮かべられる。水温、日光などの刺激によって、糸状体が殻胞子を放出し始める。殻胞子が海苔網に付着し、葉状体へと成長していく。葉状体の成長に伴って、重ねていたノリ網を少しずつ広げていく。
- 冷凍入庫
- 葉状体がある程度成長したのち、半数のノリ網を引き上げ、陸上で半乾燥させた後に密封、マイナス20℃~25℃で冷凍保存される。この手順によりノリを生きたまま保存することができ、この網を海中へ戻せばふたたび成長を始める。海中に残してある網(秋芽網)の収穫が終わったあとに冷凍網との入れ替えが行われ、ノリの2期作を可能とする。
- 摘採
- ノリの葉長が15cm程度になるころ、摘み取り作業(摘採)が行われる。摘採はおよそ7~10日ごとにおこなわれ、秋芽網は2~4回の摘採の後に冷凍網と入れ替えが行われる。冷凍網では5~8回ほどの摘採が行われる。摘採されたノリは加工場に回され、洗浄、粉砕、加工を経て我々のよく知る焼海苔へと変わる。
- ノリ網、ノリ支柱の撤去
- 3月末ごろにノリ網、支柱は撤去され、ノリの養殖は終わる。
問題点[編集]
ノリの葉状体が成長するためには、低水温であることが必要である。近年の気候変動に伴ってノリの養殖を行える期間が短くなっており、生産枚数が減少してきている[8]。ノリ業者は高品質のノリの需要を喚起するなどして、利益率の改善に努めている。
近年、農作物や漁獲物について、全量出荷と呼ばれる行為が独占禁止法との兼ね合いで問題となっている[9]。農協や漁協、漁連などが、組合員に対して個人販売を認めずに、農協や漁協を通した出荷を強制することである。養殖ノリにおいてもこうした行為があり、有明海の養殖ノリにおいて漁協、漁連への公正取引委員会による立入検査が行われている[10]。
脚注[編集]
- ↑ 田中次郎 『日本の海藻 基本284』 平凡社、2004年、137頁。ISBN 978-4-582-54237-0。
- ↑ “海藻 生活環が2種類ある理由(2010年11月12日)”. 九大理学部ニュース. 2022年6月26日確認。
- ↑ 三上, 浩司 (2020), “原始紅藻スサビノリの生活環に見られる特殊な世代交代”, Algal Resources 13 (2): 69-76
- ↑ “養殖ノリの生活史”. 栽培漁業グループ-トピック. 2022年6月26日確認。
- ↑ “海苔ができるまで”. 山本海苔店. 2022年6月26日確認。
- ↑ “ノリができるまで”. 佐賀県. 2022年6月26日確認。
- ↑ “ノリ養殖のいま・むかし”. 千葉県. 2022年6月26日確認。
- ↑ “ノリ値上げ、背景に温暖化 生産量減少、関連経費は高騰 「こんな不作経験ない」の声も”. 西日本新聞. 2022年6月26日確認。
- ↑ “JAが全量出荷強制、従わない農家にブランド使わせず…独禁法でどんな問題になる?”. 弁護士ドットコムニュース. 2022年6月26日確認。
- ↑ “「有明ノリ」養殖業者に全量出荷要請か、独禁法違反で九州3県の漁協・漁連に立ち入り”. 讀賣新聞オンライン. 2022年6月26日確認。