飯詰城
ナビゲーションに移動
検索に移動
飯詰城(いいづめじょう)とは、現在の青森県五所川原市飯詰福泉に存在した日本の城である。別名を飯詰高館城(いいづめたかだてじょう)という。
概要[編集]
この城は五所川原市の中心市街地の東、標高58メートルの飯塚山の上に存在していた城である。その地形を見るに、この城は自然の地形を利用した天然の要害で、南北に堀をめぐらしていたと見られており、現在でも堀跡と思われるところには水が流れている。
安土桃山時代の天正16年(1588年)に城主の朝日左衛門尉は津軽為信に攻められて討ち死にし、これをもって廃城になったと見られている。
現在は飯塚山の山頂から津軽平野の展望を楽しむことができる。