藤牧新平

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

藤牧 新平(ふじまき しんぺい、1923年2月7日[1] - 2013年/2014年[2])は、軍事・外交史家[1]東海大学名誉教授[1]

経歴[編集]

三重県生まれ。1947年東京帝国大学法学部卒業[3]。1949年日本社会党書記局入局[1]河上派に属し[4]民主社会主義連盟(民社連)理事も務めた[5]。1955年の社会党左右両派統一に際し、右派社会党の綱領政策小委員会の書記となり[6]河上民雄とともに「統一社会党綱領草案」(右社綱領草案)の第一次草案及び民社連関係の学者の意見を取り入れた第二次草案、第三次草案を起草した[7]。社会党政策審議会事務局次長[7][8]、外交委員会事務局長を務め[9]、1970年3月退職[1]。1970年東海大学助教授[3]。1972年東海大学教養学部教授[1]。1976年2月「新しい日本を考える会」事務局次長[10]。東海大学本部学務局国際部長、防衛大学校講師[3]松前国際友好財団常務理事[11]日本対外文化協会常務理事[2]

著書[編集]

  • 『現代軍隊論――いかにして生きのびるか』(東海大学出版会、1977年)
  • 『日本の安全・世界の平和――猪木正道先生退官記念論文集』(衛藤瀋吉ほか編著、原書房、1980年)

出典[編集]

  1. a b c d e f 藤牧新平関係文書 国立国会図書館
  2. a b 対文協だより301号(2014・6・12) JCA日本対外文化協会
  3. a b c 藤牧新平『現代軍隊論――いかにして生きのびるか』東海大学出版会、1977年
  4. 高橋勉「河上民雄さんと私」メールマガジン「オルタ」111号(2013.3.20)
  5. 中村勝範「中村菊男・人と思想(十五)」『改革者』第20巻第4号(通巻232号)、1979年7月
  6. 高木邦雄「日本における民主社会主義の思想運動―民社連から民社研へ― Ⅴ統一社会党綱領草案の策定」『改革者』第19巻第9号(通巻225号)、1978年12月
  7. a b 藤牧新平「統一社会党綱領草案作成の経過」 民主社会主義連盟編『統一社会党綱領草案とその解説』社会思潮社、1955年、131-144頁
  8. 平和経済計画会議編『これからの日本経済』三一新書、1965年、54頁
  9. 国勢協会編『国勢総覧 第37版』国際連合通信社、1968年、196頁
  10. 「資料・「新しい日本を考える会」結成の趣旨と国民への訴え」『革新』第73号、1976年8月
  11. 清川正二、藤牧新平、佐伯聰夫、星野敦志「現代国際スポ-ツ――ナショナリズムとコマーシャリズムをめぐって」『国際問題』第342号、1988年9月