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大田運輸区

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
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蒲田操車場から転送)
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訓練用車両と179編成

大田運輸区(おおたうんゆく)とは東京都大田区にあるJR東日本の車両基地、また運転手・車掌が所属している基地である。

概要[編集]

1923年に品川電車庫蒲田分庫として開設し、翌24年には蒲田電車区に改名・独立した。

現在では全車「宮ウラ」こと元浦和電車区(現さいたま車両センター)所属になったものの蒲田電車区時代には当電車区所属の東カマを名乗る車両が在籍していた。一部の京浜東北線は〜1986年まで、横浜線全編成は1981〜1996年東カマ所属であった。

1996年に所属車両が消滅した事から蒲田電車区は消滅。残る蒲田車掌区も2016年に下十条運転区と統合。現在の大田運輸区に改名された。そのため現在蒲田◯◯区を名乗る拠点は消滅した。

大田運輸区留置線[編集]

21線留置線があり洗車機が設置されている。

なお21線の内1線は蒲田トレーニングセンターの真横に敷設されており時間帯によっては訓練車との並びも見られる。

所属していた形式[編集]

横浜線用車両として全編成が1988年〜1996年まで所属。1996年からは大船電車区(現鎌倉車両センター)に転属した。

京浜東北線用車両は導入時既に浦和電車区に集約されており所属されなかった。

京浜東北線用車両は1965年〜1986年(転属)まで所属。登場当初10両貫通編成、7+3による10両編成が在籍していたが1981年(大宮-蒲田間)、1984年(蒲田-大船間)ATC使用開始に伴い7+3組成を6+4に組み替えた。

横浜線用車両は1973年〜1989年まで所属。1973年〜1980年までは東神奈川電車区に分散配置されていたが1981年からは蒲田電車区に集約された。その後1989年に引退した。

1949年?〜1979年まで所属。103系による置き換えられ横浜線車両が1979年に引退した事で所属車両が消滅した。

訓練用車両と179編成

蒲田トレーニングセンター[編集]

蒲田トレーニングセンターは2019年に開設された訓練施設で駅や踏切などが設置されている。また専用のE233系風訓練車両が配置されている。訓練車両は車体長5.5メートルで2両編成で運行されている。

当路線名は荏原線やJR蒲田線、大田運輸区線、蒲田トレーニングセンター線などの様々な予想があるが公式による発表は無い。

車庫への出庫線と東海道線、京浜東北線に挟まれた駅である。

2面2線の相対式ホームでJR東日本運輸サービス蒲田事業所最寄り駅である。

当駅2番線のみ荏原線唯一のホームドアが設置されている。ホーム有効長は2両で最大入線可能両数は4両である。

蒲田駅方には車止めが、志茂田駅方にはシザークロッシングが設置されている。


大田運輸区留置線最寄り駅。

1面1線の棒線駅。

当駅で全列車が折り返す。

ホーム有効長は2両で最大入線可能両数は3両である。

関連項目[編集]

  • 砂の器---物語内に国鉄蒲田操車場として登場。ドラマや映画の撮影現場としても使用された。
  • 蒲田電車区列車暴走事故---1966年12月、103系が暴走し、車止めを破壊、その先の民家を全壊させた事故。
  • 矢口発電所専用線---1914〜1926年までの専用線。廃線になったもののその一部が蒲田電車区の原型になった。