渡部淳 (心理職)

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渡部 淳(わたなべ あつし、1935年[1] - )は、日本の心理臨床家。

東京大学教育相談室出身[2]。大学卒業後、国立小児病院心理検査室に心理職として勤務[3]。就学前の自閉症児のデイ・ケアを行なうなかで「自閉症」という概念に否定的な立場となり、1970年11月、設立準備会を経て、1971年3月、就学運動団体「教育を考える会」を結成した。機関紙『がっこ』を発行したことから「がっこの会」の通称で知られ[2]、「私たちは障害児なんていう言い方は認めません」と主張した[4]。「叛選別―反差別―どの子も地域の学校で共に」を目指して[2]、実力就学運動[5]や就学時健康診断拒否の呼びかけなどの活動を行い、日本の就学運動の先駆となった[1]

1989年時点では、「教育を考える会」世話人、国立小児病院心理検査室心理療法士[6]。1998年時点では、「子どもの相談室・風の谷」を主宰[7]。元日本臨床心理学会会員[8]

著書[編集]

編著[編集]

  • 『知能公害』 現代書館、1973年

訳書[編集]

  • 『入院児の精神衛生――入院と病気に対する子供の心理的反応』 David T.A.Vernonほか著、長畑正道共訳、医学書院、1970年

分担執筆[編集]

  • がっこの会編 『続知能公害――養護学校否定の論理と実践』 現代書館、1977年
  • 日本臨床心理学会編 『戦後特殊教育・その構造と論理の批判――共生・共育の原理を求めて』 社会評論社、1980年
  • 村瀬孝雄、野村東助、山本和郎編著 『心理臨床の探究』 有斐閣、1984年
  • 北村小夜ほか述、北村小夜が語り、北村小夜と語る集い実行委員会編 『おもちゃ箱ひっくり返した――一人の女・教師の半生』 現代書館、1988年

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 堀 智久「自らの専門性のもつ抑圧性の気づきと臨床心理業務の総点検――日本臨床心理学会の1960/70」 arsvi.com
  2. 2.0 2.1 2.2 渡部淳「「自閉症児」と「がっこの会」」村瀬孝雄、野村東助、山本和郎編著『心理臨床の探究』有斐閣、1984年、284-303頁
  3. #14 中島浩籌さん 不登校50年証言プロジェクト(2017年3月16日)
  4. がっこの会編『続知能公害――養護学校否定の論理と実践』 現代書館、1977年、11頁
  5. 渡部淳編『知能公害』現代書館、1973年
  6. 「登校拒否の相談学級、開設の動き広がり賛否両論(金曜ひろば)」『朝日新聞』1989年10月6日付朝刊16面(2家)
  7. 藤井誠二 「障害児への体罰が容認される意識の土壌とは何か――元国立小児病院・心理カウンセラー渡部淳さんに聞く」 障害問題人権弁護団編 『障害児をたたくな――施設・学校での体罰と障害児の人権』 明石書店、1998年
  8. 「シリーズ社会臨床の視界」(現代書館 全4巻) 日本社会臨床学会

関連項目[編集]

外部リンク[編集]