江口冨士枝

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Wikipedia-logo.pngウィキペディアの生真面目ユーザーたちが江口冨士枝の項目をおカタく解説しています。

江口 冨士枝(えぐち ふじえ、昭和7年(1932年11月18日 - 令和3年(2021年5月28日)は、長崎県長崎市出身の卓球選手。日本卓球協会顧問。名は富士江とも表記される。

略歴[編集]

長崎県長崎市出身。1950年代に日本女子の中心選手として活躍し、世界選手権では1957年ストックホルム大会でシングルスを制覇した。混合ダブルスでは2度、団体では3度優勝を果たしている。全日本選手権でもシングルスで2度頂点に立っている。引退後は指導者としても活躍した。

令和3年(2021年)5月28日、膵臓癌のため、兵庫県川西市の病院で死去した。88歳没。葬儀告別式は近親者で行われた。

外部リンク[編集]