新開純也

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新開 純也(しんかい じゅんや、1941年[1] - )は、日本の社会運動家。元関西ブント指導者。元タカラブネ社長。筆名・八木沢二郎[2]

経歴[編集]

熊本県出身[3]。1959年、京都大学文学部入学。共産主義者同盟(ブント)に入り、60年安保闘争時は教養学部自治会委員長であった[4]。全学自治会同学会委員長を経て、大学を中退[1]。1960年の第一次ブント崩壊後もブント関西地方委員会は分裂せずにそのまま残り、1962年に関西共産主義者同盟(関西ブント)を結成した。1975年[1]までその指導者として活動したが、組織内部の対立の中で運動から離れ、菓子メーカーの株式会社タカラブネに就職した[4]。工場長、首都圏本部長などを経て[4]、1992年から2003年まで社長[5]。経営難のため2003年に民事再生法の適用を申請し[4]東京海上キャピタル系の株式会社スイートガーデンに事業を譲渡した。

タカラブネ時代は政治活動は行わなかったが、会社整理後にかつての学生運動仲間から「9条改憲阻止の会」に誘われ、運動に復帰した。以後、関西で様々な集会に参加している[4]。「反戦共同」、「若狭の原発を考える会」、情況出版社外取締役、その他いくつかのNPOで活動する[1]。小林哲夫の取材に対し、「わたしは、いまでもレーニン主義者だと思っています」と発言している[6]

所属等[編集]

  • 認定NPO法人アクセス-共生社会をめざす地球市民の会理事長[7]
  • 特定非営利活動法人社会労働センター・きずな代表[8]
  • 情況出版社外取締役[1]
  • 株式会社タカラブネ代表精算人[3]
  • KCM(関西共産主義運動)代表[9]
  • ​ルネサンス研究所設立発起人[10]、関西運営委員会[11]
  • 特定非営利活動法人フェア・プラス理事長[12]
  • 反戦・反貧困・反差別共同行動(きょうと)世話人[13]
  • 戦争をさせない京都1000人委員会運営委員[14]
  • 「若狭の家」運営委員会共同代表[15]

著書[編集]

  • 『日本の左翼はなぜ影響力を失ったか――太田昌国講演会報告集』 太田昌国、榎原均、椿邦彦共著、ルネサンス研究所・関西研究会、2017年

分担執筆[編集]

  • 『追想にあらず――1969年からのメッセージ』 三浦俊一編・著、講談社エディトリアル、2019年

主要論文[編集]

  • 「ドイツ革命の敗北とローザ・ルクセンブルグ」『烽火』のち『季節』に掲載[1]
  • 「アントニオ・グラムシの政治理論とレーニン主義」『情況[1]

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 『日本の左翼はなぜ影響力を失ったか』著者紹介
  2. 八木沢二郎「アントニオ・グラムシの政治理論とレーニン主義(上)」『情況』2007年2月号
  3. 3.0 3.1 新開純也さん -学生運動リーダー ~ お菓子メーカー社長 ~ NGO理事長- 地域公共人材図鑑ブログ(2011年7月14日)
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 小林哲夫『シニア左翼とは何か』朝日新聞出版(朝日新書)、2016年、175-176頁
  5. 『日本の左翼はなぜ影響力を失ったか』著者紹介では1991年から2003年社長。『シニア左翼とは何か』では1992年に社長に就任。
  6. 『シニア左翼とは何か』177頁
  7. 団体概要 アクセス-共生社会をめざす地球市民の会
  8. 特定非営利活動法人社会労働センター・きずな 内閣府NPO法人ポータルサイト
  9. 未来・第167号(2015年1月8日発行) 革命的共産主義者同盟再建協議会
  10. 設立発起人 ルネサンス研究所・関西(2010年9月現在)
  11. 関西運営委員会 ルネサンス研究所・関西
  12. 団体概要 FAIR+
  13. 未来・第47号(2009年12月15日発行) 革命的共産主義者同盟再建協議会
  14. 戦争国家への道を断つ共同行動へ かけはし2014年11月3日号
  15. <地域の活動>寄稿:高浜原発再稼働を許すな 反原発「若狭の家」の活動報告 再稼働阻止全国ネットワーク(2015年1月9日)

外部リンク[編集]