徳川円常院

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徳川 円常院(とくがわ えんじょういん、文政5年5月23日1822年7月11日) - 文政5年5月27日(1822年7月15日))とは、江戸時代後期の徳川将軍家の一族。

生涯[編集]

父は江戸幕府の第12代征夷大将軍(当時は将軍世子)・徳川家慶で3男。母は側室・加久(妙華院)。第13代将軍・徳川家定の異母兄に当たる。

文政5年(1822年)5月23日に江戸城西の丸で生まれるが、生後4日後の5月27日に江戸城で早世した。1歳没。ただ、没日に関しては『幕府痄胤伝』では6月27日と記録されている。5月27日は円常院の墓碑に刻まれているものである。

5月30日に江戸城を出棺し、寛永寺に葬送された。法名は円常院殿慧性寂心大童子。わずか生後4日で死去しているためか、名前などは伝わっていない。