平重衡の塔
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平重衡の塔(たいらのしげひらのとう)とは、京都府木津川市木津宮ノ裏274の安福寺境内に存在する十三重石塔である。
概要[編集]
平重衡は平清盛の息子で、治承・寿永の乱の際に平氏の武将として活躍し、源頼朝からも一目置かれた人物である。しかし、先の乱の際に清盛の命令で南都焼き討ちを実行したことから東大寺や興福寺衆徒の恨みを買い、平氏滅亡後に木津川原で斬首され、奈良坂において梟首された。
土地の人々は重衡の末路を憐れみ、重衡が近くの古堂、すなわち安福寺の本尊阿弥陀仏を來迎仏として処刑された因縁から、古堂を哀堂(あわんどう)と呼び、十三重石塔を建立したという。この十三石塔は重要美術品に認定されている。