工部省

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

工部省(こうぶしょう)は、明治時代初期に日本の殖産興業政策を担った中央官庁である。

民部省所管であった鉱山・製鉄・造船・鉄道・灯台・電信などを引き継ぎ、機械製作・化学工場・工部大学校などを管轄し、一時期は官営工業の中心となっていた[1]。現在の旧郵政省、旧運輸省日本郵政公社、JR各社、NTTの前身組織である。傘下の工学寮は工部省工学寮や工部大学校を設立し、近代的工学技術者を多数育成した。

概要[編集]

1870年(明治3年)閏3月工部省設置が決定された。組織編成時は工部卿は空席であったが、初代の工部卿は伊藤博文が就任した。官営事業では鉄道建設と鉱山開発を行う。伊藤博文は1871年(明治4年)11月に岩倉使節団の副使として渡米したため、工部少輔の山尾庸三が初期の工部省をリードした。

1873年(明治6年)11月に内務省が新設されると、殖産興業の中心は内務省に移動した。明治13年2月、山尾庸三は工部卿となった。1881年(明治14年)10月21日「明治十四年の政変」による人事異動により佐々木高行は参議・工部卿となった。

1885年(明治18年)12月、内閣制度新設に伴う官制改正により工部省は廃止された。工部省の事務は1881年(明治14年)4月に新設された農商務省逓信省に分割されて引き継がれた。鉄道事業は内閣直属となっている。

組織[編集]

1872年の「工部省職制並事務章程」[2]によると、発令関係者は伊藤博文(工部大輔)、山尾庸三(工部少輔)、板垣退助(正形)、大隈重信木戸孝允西郷隆盛三条実美であった。当時の工部省組織は次の通り。

No レベル  職制
1 一等寮 工学寮、勧工寮、鉱山寮、鉄道寮
2 二等寮 灯台寮、造船寮、電信寮、製鐵寮、製作寮
3 一等司 測量司

工部省の組織[編集]

佐々木高行が工部卿のときの工部省組織の史料がある[3]。作成されたのは明治14年から明治18年の間と思われる。

Np 職制 氏名 官職 官位 住所 備考
1 工部卿 佐々木高行 参議 正四位 溜池葵町一番地 勲一等
2 工部大輔 井上勝 鉄道局長 従四位 大阪堂嶋濱通三丁目 勲三等
3 鉄道局長 井上勝 従四位 大阪堂嶋濱通三丁目 勲三等
4 鉱山局長 佐藤與三 大書記官 従五位 本省構内 勲五等
5 電信局長 石井忠亮 権大書記官 正六位 麻布市兵衛町 勲五等
6 工作局長 佐藤與三 大書記官 従五位 麻布市兵衛町 勲五等
7 燈台局長 原隆義 大書記官 従五位 横濱本町 勲五等
8 営繕局長 平岡通義 大書記官 従五位 湯島妻恋町 勲五等
9 会計局長 谷川嘉道 権大書記官 正六位 赤坂一ツ木町 勲五等
10 統計課長 安川繁成 大書記官 従五位 勲五等
11 用度課長 中井弘 大書記官 従五位 築地二丁目 勲五等
12 札幌工作場管理局 長谷部達連 大書記官 従五位 札幌在勤 勲五等
13 岩内幌内両炭山拝鉄道管理局 山内隄雲 大書記官 従五位 札幌在勤 勲五等


歴代トップ[編集]

No 工部卿 工部大輔
1 空席 後藤象二郎伊藤博文
2 伊藤博文 山尾庸三
3 井上馨 山尾庸三
4 山田顕義 山尾庸三
5 山尾庸三 吉井友実
6 佐々木高行 吉井友実井上勝

注・参考文献[編集]

  1. 朝尾直弘、宇野俊、田中琢編(1996)『角川新版日本史辞典』株式会社KADOKAWA
  2. 『工部省職制並事務章程』1872年(明治5年)1月24日、伊藤博文関係文書(その1)書類の部245-1
  3. 『改正官員録』時期不明