女性差別的な文化を脱するために
『女性差別的な文化を脱するために』(じょせいさべつてきなぶんかをだっするために)は、2021年(令和3年)4月にインターネット上で公開されたオープンレター(公開書簡)である。
概要[編集]
このオープンレターが公開された背景として、男性歴史学者が本レター差出人の一人である女性研究者に対して、2018年(平成30年)から2021年(令和3年)3月にかけて自身のツイッターで女性研究者を指して不適切な投稿を行ったこともよる[1]。なお、男性歴史学者のアカウントは非公開だったが、男性歴史学者のフォロワーには読める状態だった[1]。これによりSNS上で炎上し、男性歴史学者は謝罪のうえNHK大河ドラマの時代考証を降板した[2]。
その中で女性研究者やその支援者たちが差出人となって、2021年4月にインターネット上で本オープンレターを公開して、女性差別を生み出す文化から抜け出すよう呼びかけるものである[1]。このオープンレターは女性差別的な文化が個々の問題に起因するものではなく、女性差別的な振る舞いや発言を「お決まりの遊び」であるインターネット・ミームとして扱う風潮が生み出すである構造的な問題と指摘している[3]。また、その「空気」となるインターネット・ミームが女性差別のみならず、在日コリアンや従軍慰安婦、トランスジェンダー当事者への差別にも転用されていることを危惧するものであり、インターネット上でのコミュニケーション様式と学界やメディアとが強く結びつくことで、女性差別を許す風潮を生み出しているとしている[3]。
なお、公開当初の差出人となった人物は以下の通りである。氏名、肩書は本レター公開時に準ずる。
- 隠岐さや香 - 名古屋大学大学院教授
- 金田淳子 - やおい・ボーイズラブ研究家
- 北村紗衣 - 武蔵大学准教授
- 木本早耶 - 出版社勤務
- 河野真太郎 - 専修大学教授
- 小林えみ - よはく舎
- 小宮友根 - 東北学院大学准教授
- 清水晶子 - 東京大学大学院教授
- 関戸詳子- 勁草書房
- 津田大介 - ジャーナリスト/メディア・アクティビスト
- 橋本晶子 - 勁草書房
- 松尾亜紀子 - エトセトラブックス
- 三木那由他 - 大阪大学講師
- 宮川真紀 - タバブックス
- 八谷舞 - 亜細亜大学講師
- 山口智美 - モンタナ州立大学准教授
男性歴史学者と女性研究者は2021年7月に和解して、男性歴史学者は女性研究者に対して誹謗中傷をおこなっていたことを認める謝罪文を自身のブログに掲載した(2022年2月現在は削除されている)[1]。
評価[編集]
肯定的な意見[編集]
批評家である後藤和智は、『現代ビジネス』における自身の記事において、本レターがハラスメントを生み出した構造を、極めて体系的にまとまった形で書かれていることから「とても画期的なものでした。」と評した[4]。本レターの指摘は、ハラスメントが「会話」や「掛け合い」といった「遊び」の中で強化されていったこと、性差別や性暴力に反対する女性が発言した言説に対する戯画化であると述べている[4]。そして、このような構造は女性だけではなく、在日コリアンやトランスジェンダー当事者に対する差別に関しても同様の構造を持っていると指摘している[4]。
批判的な意見[編集]
批評家・作家である東浩紀[5]は、『AERA』巻頭エッセイ「eyes」において、男性歴史学者が2021年秋に不適切な投稿から本レターの公開による一連の流れによって准教授採用が取り消されたのは解雇権の乱用にあたると主張して所属先の運営母体に対して訴訟を起こしたことから、本レターにも女性差別は暴力だが、SNSでの糾弾も数の暴力ではないかとして批判が集まった点を挙げている[6]。これを踏まえて「被害者が弱者性を利用して過剰に加害者を攻撃すれば、関係はすぐ反転する。女性蔑視は許されないが、かといって署名を集め活動停止に追い込むのもやりすぎかもしれない。」と評した[5]。
分析[編集]
慶應義塾大学経済学部教授であり計量経済学を専門とする田中辰雄によって、本レターの対立軸についてアンケート調査が行われた[2]。なお、調査時点は事件発覚からほぼ1年経過した2022年2月7日であり、ウエブモニター会社であるSurveroid社のモニターに対して行ったものである。また、対象者の職業を「出版、教育、公務員、調査広告、医療、その他サービス、学生・専業主婦」と比較的知識人層に近く、時間の余裕のありそうな人たちに絞って行われたものとしている[2]。
本レターの一連の経緯について見たことがあると答えた人は13.3%(回答者4882人のうち651人)であり、さらに本レターの経緯についてのブログ・記事・オープンレター自体などどれかを読んだことのある人は5.9%(回答者4882人のうち287人)に留まり、事件の認知度は高くないとされる[2]。この調査は本レターの一連の経緯について見たことがあると答えた651人から分析を行った[2]。男女の性別および年齢による意見の対立軸、性別役割分業意識の強弱と本レターとの相関関係はないとしている。一方で、「社会は男性優遇かどうかという認識」や保守とリベラルの対立軸では相関関係が認められた[2]。
以上を踏まえて、田中は「対立軸たりうるのは、男性優遇社会であるか、保守とリベラル、正義と言論の自由の3つである。男性歴史学者を批判しオープンレターを支持するのは、社会は男性優遇だと考える人、リベラル思想の人、言論の自由より正義を重視する人である。逆に言えば、男性歴史学者を擁護し、オープンレターを批判するのは、社会が男性優遇という見方に懐疑的な人、保守思想の人、正義より言論の自由を重視する人である。」と導いている[2]。そして、正義と言論の自由が問題になるのはキャンセルカルチャーの特徴なので、本レターの一連の経緯はキャンセルカルチャーだったという理解には一定の論拠があると結論づけている[2]。
出典[編集]
参考文献[編集]
- 後藤和智 『知識人「言論男社会」の深すぎる闇…「○○○○事件」の背景にあったもの』 講談社〈現代ビジネス〉、2021年5月27日 。
- 記事タイトルに男性歴史学者の実名が表記されていたため、当該箇所は伏せ字とする。
- 東浩紀 『『言論の自由』と『被害者のケア』の論争の落とし所を探さぬ人たち』 朝日新聞出版〈AERA dot.〉、2022年2月1日 。
- 田中辰雄 『○○・オープンレター事件の対立軸――キャンセルカルチャーだったのか?』 株式会社シノドス〈SYNODOS〉、2022年2月23日 。
- 記事タイトルに男性歴史学者の実名が表記されていたため、当該箇所は伏せ字とする。