大阪大学
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大阪大学(おおさかだいがく、英 Osaka University)は、1931年に設置された国立大学である。国内6番目の帝国大学であった。前身は緒方洪庵により1838年(天保9年)に設立された適塾である。略称は「阪大」(はんだい)。
沿革[編集]
- 1838年(天保9年)、緒方洪庵が大坂・瓦町に私塾・適塾を開設する。
- 1845年、適塾を過書町(現大阪市中央区北浜3町目)に移転する。
- 1869年、明治政府は適塾をもとにし「大阪仮病院」を開設する。洪庵の二男・惟準や洪庵の弟子達とオランダ人・ボードウィンを教師とした。
- 1896年、2番目の官立工業学校として、大阪工業学校を設立した。
- 1915年、「大阪仮病院」を専門学校令による「大阪府立医科大学」とした。
- 1916年、塩見理化学研究所が設立される。
- 1919年(大正8年) - 府立医大が大学令による初の公立単科大学の大阪医科大学になる。
- 1921年(大正10年)、官立大阪外国語学校(大阪外国語大学の前身)創立。
- 1931年、府立大阪医科大学を母体に医学部と理学部の2学部をもつ大阪帝国大学を開設する。民間研究所の塩見理化学研究所を理学部に改組した。
- 1933年、官立大阪工業大学を合併し、工学部として加える。
- 1947年、大学名を大阪大学に改称。
- 1948年、初の文系学部の法文学部を設置。
- 1949年、大阪高校、府立浪速高校、大阪薬専を合併し、新制大阪大学(文、法経、理、工、医の5学部)となる。
- 1951年、歯学部を設置。
- 1953年、法経学部を法学部と経済学部に分離。
- 1955年、薬学科を医学部から分離し、薬学部を設置。
- 1961年、基礎工学部を新設。
- 1972年、文学部から人間科学部を分離設置。
- 2004年、国立大学法人法により国立大学法人大阪大学となる。
- 2007年、国立大学法人大阪外国語大学を合併、外国語学部を設置。
- 2015年、論文大量不正疑義事件。
- 2017年9月、基礎工学部棟爆発事件、10月「研究費不正問題」。12月「不正アクセスによる個人情報漏洩事件」。
- 2018年10月23日、指定国立大学法人に指定される。
- 2021年4月、旧大阪外国語大学であった箕面キャンパスの機能を箕面新キャンパスに完全移転。
基本事項[編集]
- 名称:国立大学法人大阪大学
- 創設者:緒方洪庵
- 本部所在地:〒565-0871 吹田市山田丘1-1
- 学生数:23,333人(学部15,194人・大学院修士課程4,715人、博士課程3,424人)[1]
- 学部
- 人間科学部
- 文学部
- 外国語学部
- 法学部
- 経済学部
- 理学部
- 医学部
- 歯学部
- 薬学部
- 工学部
- 基礎工学部
- キャンパス
- 豊中キャンパス(大阪府豊中市待兼山町)
- 吹田キャンパス (大阪府吹田市山田丘、大阪府茨木市美穂ヶ丘)
- 箕面新キャンパス (大阪府箕面市船場東 )
- 東京オフィス (東京都千代田区霞が関1-4-1 日土地ビル10階 )
その他[編集]
- 国立大で唯一理学系基礎教育を積極的に行う基礎工学部が設けられている。
- 旧帝大では唯一農学部を有しない[注 1]。学制改革前に三重農林専門学校を吸収して農学部を設ける構想があったが、三重農専は「一県一国立大」の原則に基づき、三重大学となった。
- 旧帝大では東京大学や名古屋大学と違い、附属学校を有しない。尋常科のあった府立浪速高等学校を併合したが、新制時に尋常科相当の付属中学・高校は開設されなかった。
関連項目[編集]
脚注[編集]
注釈[編集]
参考文献[編集]
- ↑ 2020年5月現在