佐久間真勝
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佐久間真勝(さくまさねかつ、1570年 - 1642年12月13日)は安土桃山時代から江戸時代前期にかけての茶人、武将。佐久間実勝ともいう。佐久間将監の名で知られる。号は寸松庵。
概要[編集]
河内守政実の長男。はじめ豊臣秀吉の小姓となり、のちに徳川家康から家光まで仕え、河内守に任じられた。烏丸光広から譲り受けて所持した秘蔵の伝紀貫之筆の色紙は寸松庵色紙として著名である。 古田織部に茶道をまなび、晩年は京都大徳寺に寸松庵を建てて住んだ。『槐記』に近衛家煕が寸松庵の茶室を訊ねた様子が記される。
重要文化財の絹本著色佐久間将監像(狩野探幽筆、1641年)がある[1]
聴秋閣は3代将軍徳川家光が上洛の際に佐久間将監に命じて二条城内に造らせたという説がある。