トランスジェンダリズム
トランスジェンダリズム(transgenderism)という言葉の定義・用法は、非常に混乱している。長い歴史のなかで次第にニュアンスが変化し、下記のような複数の意味で使われてきたのだ。
- 意味①:医学的に用いられるケース
- 意味②:トランスジェンダーのコミュニティで用いられるケース
- 意味③:(近年の用法)トランスジェンダーを差別する人たちの間で、トランスジェンダーの権利運動はイデオロギーにすぎないと批判する目的で用いられるケース
ケンブリッジ英英辞典の「transgenderism」の項目においては、「この用語は過去においては一般的な用語であり今でも公式文書に用いているものの、現在においては多くの人々が攻撃的な用語だとみなしている。」と解説されている。言葉の変遷を詳しく知りたい方は、ジュリア・セラーノによるこちらの記事(英語)が参考になるだろう。
森山至貴『LGBTを読みとく:クィア・スタディーズ入門』(p.97)によれば、この言葉はトランスジェンダーの活動家であるヴァージニア・プリンスが生み出したものである。
『トランスジェンダリズム宣言』(2003年、米沢泉美編)では、「トランスジェンダーの社会生活・自己主張を行う思考・感覚・生き様を指す」「トランスジェンダリズムという概念と共に当事者によって作り出された(言葉である)」と解説されている。
論文『性同一性障害医療と身体の在り処』(2008年、高橋慎一)においては、「トランスジェンダーという生き方を肯定する運動」として解説されている。
『トランスジェンダーの普遍化による GID をめぐるアンビヴァレンスの抹消』(2020年、山田秀頌)の p.51 によれば、日本語圏のトランスジェンダー当事者の間では「トランスジェンダーという生き方が自分の意志による決定であり、それと対立する概念である、(性別違和状態を)医療の対象であるとする性同一性障害という病名の略語である「GID」とは対極の概念」として使用されている。同論文では、当事者の間で、病理的概念であるGID(性同一性障害)に対して「トランスジェンダリズム」の用語が「トランスジェンダーは病気ではない」という抵抗の言説として使われていたと解説されている。
近年のSNSなどでは、トランスジェンダーの権利に反対する側が「トランスジェンダリズム」という言葉を持ち出すことがしばしばあり、本来の定義・用法と異なる意味(上記の意味③)で浸透しつつあることに注意を要する。下記に掲載する説明文は、元々ウィキペディアに存在したものであるが、そうした反トランスジェンダーサイドの視点から書かれた文章という印象が色濃い。「反トランスジェンダーサイドがどのような世界観のもとでこの社会を見ているか」が分かる、ある意味貴重な資料となっているのでここに保存している。
トランスジェンダリズム(transgenderism)、性自認至上主義(せいじにんしじょうしゅぎ)とは、性別変更における性別適合手術などの要件を批判し、個人の性自認、法的性別の自己決定権を最重視するトランスジェンダー権利運動におけるイデオロギー[1][2][3][4][5][6][7]。
トランスジェンダリズムに基づいたセルフIDを法的に認めた地域や国家では、未手術トランス女性の女子トイレ等の女性専用スペースや女子競技等の女性枠の利用を巡り、衝突が起きている[4]。
概要[編集]
「トランスジェンダリズム」は構築主義(社会構築主義)の立場である[3]。アメリカ合衆国で1990年代から使われるようになった「トランスジェンダー」という言葉は、性適合手術を希望する人のみを意味する「トランスセクシュアル(TS)」という言葉よりもずっと多くの人々を包含する言葉である[1]。
そして、2014年の調査でトランス女性の中で、性別適合手術を受けたトランスセクシャル女性(TS女性)は約4分の1のみである[1]。
日本では、2003年の性別適合手術など要件を満たした後に特例的に性別変更を認めた「性同一性障害の性別の取扱いの特例に関する法律」(特例法)についても批判的な立場を取った[3]。
東京トランスマーチ2022にトランスジェンダー当事者とアライ(ストレート・アライ)らが参加したが、これの中心的な団体であったフリーター全般労働組合がTwitter公式アカウントで「ターフ(TERF、トランスジェンダリズム(性自認至上主義)に同意しないフェミニストに対する蔑称)や反売買春フェミを踏みしだいてこれからも我々は生きていく」と投稿したり、トランスマーチの参加者が「Fuck(犯す、レイプする) the TERF」というプラカードを掲げて行進した。そのため、No!セルフID 女性の人権と安全を求める会から、このトランスマーチへ「賛同と連帯のメッセージを送った政党・個人」へのこの投稿への立場を問う公開質問状が送られた[8]。しかし、人権擁護を掲げているはずの社会民主党、日本共産党、立憲民主党、れいわ新選組、緑の党グリーンズジャパンは返事をしなかった。逆に、国民民主党と新社会党は返事をしている。国民民主党は労組のツイートやプラカードのことは把握しているとして、考えが異なる他者への侮蔑的な表現で批判したことは問題だとした。新社会党はトランスジェンダリズム派によるトランスジェンダリズム反対派への攻撃が激化している現状を知っているものの、まだ立場を表明出来るほど党内の意見は固まっていない党内状況だとの回答をしている[9]
トランスマーチの公式は2022年11月13日に「Fuck The TERF」というプラカードについて 、「結論から先に言えば全く問題ありません」との立場を表明している[10]。
問題点や批判[編集]
トランスジェンダリズムは性自認又は自己申告された性別でセルフID制(自認ないし自己申告による性別にもとづいて法律や施設運用などがなされる制度)を推進する思想および運動であるため、反対派から「生物学的性別(sex)で区切られた領域」を、「性自認で区切られた領域」として書き換えようとしていると批判されている[5]。
滝本太郎弁護士は、男性器あるままに女性スペースや女子スポーツ等で女性扱いせよ、男性器あるままに「女性への性別変更を」という性自認至上主義(トランスジェンダリズム)を批判している[6]。
男性同性愛者であることを公表している松浦大悟は、性自認至上主義(トランスジェンダリズム)の最大の問題点として、「性自認への差別」を違法にした地域や国にて、明らかに男性に見える人物が女子トイレ等の女性専用スペースにいる際にも女性を含む周囲の人は何も出来なくなったことにあると指摘している[11]。日本におけるトイレ利用裁判ではそのトランスジェンダーのパス度[12]は裁判の結果を決める上で考慮の対象になっている。逆にアメリカではトイレ利用の判決において、パス度は考慮されない[13]。 そして、松浦によると「性自認への差別」を違法にした地域や国では他者を見た目(パス度の低さ)から「男/女」ではないと疑うこと、指摘すること、ましては通報することは「差別」となっている。そのため、相手から「トランス女性である」と主張されたら相手の性自認をそのまま信じるしかなくなっている状況を伝えている[11]。松浦はトランスジェンダリズムを支持や擁護する学者や人物についても、今も未手術トランス女性で女子トイレや女湯など女性専用スペースを利用している者がいるから問題ないとしたり、そもそも「女性専用スペースを利用したいと主張しているトランスジェンダー女性はいない」などの嘘をつくことも批判している。他人から主張された性自認を否定することや疑うことも差別と主張し、主にシス女性の事前の防犯を禁止しようとしているのに、犯罪が発覚した途端にその人はトランスジェンダーではないなどとする無責任も松浦は糾弾している[11]。
出典[編集]
- ↑ a b c Nast, Condé (2014年7月28日). “What Is a Woman?” (英語). The New Yorker. 2023年2月19日確認。
- ↑ Jeffreys, Sheila (2012年5月29日). “Let us be free to debate transgenderism without being accused of 'hate speech'” (英語). The Guardian. 2023年2月19日閲覧。
- ↑ a b c 性同一性障害医療と身体の在り処
- ↑ a b 「LGBTの不都合な真実活動家の言葉を100%妄信するマスコミ報道は公共的か」p211, 松浦大悟, 2021年9月,秀和システム
- ↑ a b “トランスジェンダリズム(性自認至上主義)とは - No!セルフID 女性の人権と安全を求める会” (日本語). no-self-id.jp (2021年9月3日). 2023年2月22日確認。
- ↑ a b “月刊誌WILLが記事を出してくれました。-題名が変更されました-|女性スペースを守る会|note” (日本語). note(ノート). 2023年2月22日確認。
- ↑ https://ejje.weblio.jp/content/transgenderism
- ↑ “東京トランスマーチ2022に賛同と連帯のメッセージを送った政党・個人への公開質問状 - No!セルフID 女性の人権と安全を求める会” (日本語). no-self-id.jp (2022年11月15日). 2023年3月5日確認。
- ↑ “東京トランスマーチ2022における問題について 国民民主党、新社会党からのご回答(12月10日締め切り) - No!セルフID 女性の人権と安全を求める会” (日本語). no-self-id.jp (2022年12月29日). 2023年3月5日確認。
- ↑ “「Fuck The TERF」というプラカードについて - TransgenderJapan” (日本語) (2022年11月13日). 2023年3月5日確認。
- ↑ a b c 「LGBTの不都合な真実活動家の言葉を100%妄信するマスコミ報道は公共的か」p111-113, 松浦大悟, 2021年9月,秀和システム
- ↑ 第三者目線で自認する性別に見える度合い。裁判において、「私的な時間や職場において社会生活を送るに当たって、行動様式や振る舞い、外見の点を含め、女性/男性として認識される度合い」
- ↑ “(第2回)トランスジェンダーのパス度に関する裁判例の日米比較考(石橋達成)” (日本語). Web日本評論 (2021年4月26日). 2023年2月19日確認。