カーロス・ベイカー
カーロス・ベイカー(Carlos Baker、1909年5月5日 - 1987年4月18日)は、アメリカ合衆国の作家・現代英語と英文学の専門家。1977年までプリンストン大学文学部教授(英語学科長を2回務める)[1]。
経歴[編集]
1909年5月5日、メイン州ビデフォードに生まれる。
1932年、ダートマス大学より学士の学位を授与される。
1933年、ハーバード大学より修士の学位を授与される[1]。
1940年、プリンストン大学より博士の学位(英語学)を授与される。学位請求論文は『The influence of Spencer on Shelley's major poetry.』[2]。
公刊された業績としては、何冊かの小説、詩集、各種文芸評論、エッセイがある。
1969年、高く評価されている学術的伝記『Ernest Hemingway: A Life Story』を出版。しかし、ヘミングウェーの三番目の妻Martha Gellhornは、彼女との情事と結婚についてヘミングウェーが断言したという内容を批判する。また、ベーカーは彼女の個人的経験についてはしばしば間違いを書いていると指摘する[3]。
ヘミングウェーの四番目の妻Mary Welsh Hemingwayによると、ヘミングウェーはベーカーに会ったことがない。1976年8月12日の書籍『How It Was』(Knopf、ISBN:0394401093)で、ヘミングウェーは自らの伝記作家として、自分を知るわけがない人物を故意に選んだと断言する。この選択について明確な理由は示していないが、1952年にベーカーが『Hemingway: The Writer as Artist』を出版した際、同書の中でヘミングウェーの作品を好意的に扱った。
ベーカーの主要な実績として、このほかに Percy Bysshe ShelleyおよびRalph Waldo Emersonの伝記がある。
1987年4月18日、ニュージャージー州プリンストンの自宅で死去。享年77[1]。
その他[編集]
1960年代、伝記作家のA. Scott Bergがプリンストンの学部学生だったとき、ベーカーの教え子だった。Bergは、ベーカーから演劇をやめて編集者マックス・パーキンズに関する論文に集中するよう説得され、結果自分の人生は変わったと回想する[4]。彼の論文は最終的に全米図書賞を受賞する『Max Perkins: Editor of Genius』にまで発展したが、同書の一部をベーカーに献呈した [5]。
出典[編集]
- ↑ a b c Eric Pace (1987年4月21日). “CARLOS BAKER, 77, A PROFESSOR AND HEMINGWAY BIOGRAPHER”. The New York Times
- ↑ “The influence of Spencer on Shelley's major poetry”. catalog.princeton.edu. Princeton University Library. 2021年2月1日確認。
- ↑ Caroline Moorehead 『The Selected Letters of Martha Gellhorn』 Henry Holt & Co、2006年、320-322頁。ISBN 0805065555。
- ↑ J. I. Merritt. “Biographer A. Scott Berg '71 confronts the remarkable -- and still controversial -- flier, "a great lens for observing the American century"”. princeton.edu. Princeton University. 2021年2月1日確認。
- ↑ Andrew Scott Berg 『Max Perkins, Editor of Genius』 Dutton、1978年、455頁。ISBN 0399584838。