石木みのり

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いしきみのり
石木みのり
プロフィール
別名義レオナ、REONA
生年月日1985年8月24日
現年齢39歳
瞳の色ブラウン
毛髪の色ブラック
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 cm / kg
備考陥没乳首
活動
デビュー1990年
ジャンル広告・グラマー
モデル内容一般(着物を得意とする)・ヌード
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石木みのり1985年8月24日 - )は1990年代に活躍したロリータモデル。

概説[編集]

石木みのり[1]として5歳で芸能界デビュー。主にテレビCMやスチル媒体の広告モデルとして活動。食品や家電メーカー、百貨店など多数の企業・団体に起用された。和服の似合う純日本風の顔立ちであったことから、七五三などのキャンペーンが目立つ。広告モデルとしての活動は6年間で終え、引退した[2]

1997年にはレオナ名義で復帰。写真家・大友正悦のもとでヌードモデルとして2冊の写真集を出版し、注目を集めた。これらは児ポ法により少女ヌードが違法化される前に出た最後の日本人少女ヌードといわれ、同ジャンル末期の代表的作品に数えられる。

大友正悦関連ではこのほか『碧きレオナ』メイキングビデオや、大友作品の総集編的写真集『夢』にも登場している。これらの写真集・ビデオはいずれも1999年の児ポ法施行とともに流通から姿を消し、またレオナ本人もこれ以後の芸能活動は行わないまま事実上の引退をむかえた。

写真集[編集]

レオナのソロ写真集は『レオナの杜』『碧きレオナ』の2冊で、いずれも重厚な装丁が施された定価6000円の高額な商品であった。この年齢では珍しく陰毛の生えた「ヘアヌード」である。日本人モデル最後のロリータヌードと言われる。

一冊目の写真集『レオナの杜』は紅葉の山林が、二冊目の『碧きレオナ』は沖縄県の浜辺が撮影場所となっており、いずれも1997年後半に撮影された。より詳しい撮影時期は公開されていないが、スクール水着の日焼け跡が薄くなっているなどの理由で二冊目は一冊目よりも遅い時期に撮影されたといわれる。

撮影当時のレオナは12歳の小学六年生であったが、幼少時からプロモデルとして活動したキャリアを持つプライドから、羞恥心を表に出すことなく堂々と撮影に臨んだという。大友は廣本悟己の写真集[3]をレオナに見せており、これによって「写真集の中のさとみと張り合」う対抗意識が芽生えたのではないかと分析。撮影態度を廣本悟己と比較して「全然」「一生懸命」であったと評価している[4]

少女ヌード写真集は一般に小児性愛的なイメージで語られることが多いが、レオナについてはペドフィリアたちから必ずしも支持を受けているわけではない。ヌード撮影時にはすでに腰のくびれ、ニキビの発生、乳房・乳輪の増大・隆起、陰毛の発達といった第二次性徴後の形質がひととおり発現していた。モデルの外見上は典型的な「児童」「幼女」よりも1990年代の一時期に流行した「中高生ヘアヌード」に近い。

一時期はヤフオクなどで高値をつけたこともあったが、現在は基本的に流通していない。古書店などではまれに「児童ポルノに該当しない」と自己責任で判断し販売されることもある。いずれも相場は4万円以上の高値である。

石木みのりとしての実績[編集]

特に断らない限り出典:[2]

テレビCM[編集]

  • 雪印乳業、雪印とろけるチーズ(1990年)
  • プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク、バウンズ(1990年)
  •  バンダイ、『アンパンマン』・パン工房(1990年)
  • 東京ディズニーランド(1990年)
  • 松下電器産業、パナソニック・ブレンビー(1992年)[5] - 安達祐実、ラッキィ池田と共演。
  • 丸大食品、ウィンナーソーセージ(1992年) - 小谷実可子と共演
  • 東芝、エアコン(1992年) - 志村けんと共演
  • 北陸電気(1994年)

スチル[編集]

  • 森永乳業、クリスマス(1991年) - スチル
  • 日本製粉、クリスマス(1991年) - スチル
  • 日本信託銀行(1991年) - スチル
  • エグザススポーツクラブ(1991年) - スチル
  • 総理府(1992年) - スチル
  • 東和銀行(1992年) - カレンダー
  • 京成電鉄、成田初詣(1992年) - スチル
  • 京王百貨店、七五三(1993年) - カタログ
  • 日本電信電話(1993年) - カタログ
  • 伊勢丹(1994年) - スチル

雑誌[編集]

  • 『手づくりママキディ』 1992年 Vol.13 早春号(1992年、婦人生活社) - スチルモデル

レオナとしての実績[編集]

写真集[編集]

  • 大友正悦『レオナの杜』(1998年1月10日、エムエスピー)
  • 大友正悦『碧きレオナ』(1998年5月10日、エムエスピー)
  • 大友正悦『夢 Satomi, Reona and Friends』(1998年5月21日、エムエスピー) - オムニバス。共演: 廣本悟己、東南アジア系モデル3名(詳細不明)

雑誌[編集]

  • 「12歳CM美少女初ヌード!」『アリスクラブ』1998年1月号(コアマガジン)
  • 『アリスクラブ』1998年3月号, 5月号(コアマガジン)
  • 『ブブカ』1998年1月号(コアマガジン)
  • 『放課後クラブ』1998年2月号(ダイアプレス)
  • 『スーパー写真塾』1998年2月号(コアマガジン)

以上は写真集のパブリシティ

ビデオ[編集]

  • 『レオナ MEMORIAL』 - 写真集のメイキング
  • 『レオナ』 - 写真集購入者を対象とした通信販売だったらしい[6]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. 『手づくりママキディ』 1992年 Vol.13 早春号
  2. a b 『ブブカ』1998年1月号
  3. 大友が以前に撮影した
  4. 『アリスクラブ』1998年1月号に掲載の大友正悦インタビュー
  5. 情報源によってはナショナル・ブレンビーとあるがこれは誤り
  6. ファンクラブ・その他”. アリスビデオのデータベース(仮). 2020年5月5日確認。