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(英:Death)とは、人類共通の敵。聖書にもそう書いてある。

概要[編集]

一般的には何かが機能を停止した際に「死」と表現される事がある。ゲームでもキャラクターの死亡演出はよくある事で、残機があればさほど問題じゃなかったりする事もある。

でも人類はまだ死を克服できていない。医療や科学技術の進歩はあるが、義体化が可能となったとしても脳死を迎えたら死と同じである。死んだ人を復活させる事は、2020年9月現在の科学技術では不可能とされる。

ネットスラング[編集]

なお、「死」の見せかけの意味で使ったり、誇張表現の道具として、死のネットスラングに「タヒ」というものがある。半角カタカナの「タ」と「ヒ」を組み合わせると、「タヒ」←漢字の「死」に似ていることが語源である。

ゴリラの価値観としての「死」[編集]

  • ココという手話を習得したローランドゴリラのメスは、死についての概念を手話で伝える事ができたとされる[1]

聖書の価値観としての「死」[編集]

死は当初、人類の敵ではなかった。罪の結果として死が入り込み、人類は人類史の初めから常に死と隣合わせとなった。イエス・キリストによって生きる事が可能になる模様である。

アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。 — コリント人への第一の手紙(口語訳)15章22節

しかし死はラスボス扱いとなっている。

最後の敵として滅ぼされるのが、死である。 — コリント人への第一の手紙(口語訳)15章26節

死によって奪われた人類に対しては復活という対応策があるが、聖書中で復活した人が現在も生きているという事は無いので、死を滅ぼさないと復活してもまた死ぬようである。一応、不朽の命に蘇らされたイエス・キリストは天に行ったので、2020年9月現在の人間では確認できないが[2][3]

死の死[編集]

聖書の最後の方の黙示録にて、死が滅ぼされる事が予告されている。

海はその中にいる死人を出し、も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。それから、も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二のである。 — ヨハネの黙示録(口語訳)20章13節から14節

死に打ち勝つ鍵[編集]

だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。 — マタイによる福音書(口語訳)16章24節から25節イエス・キリスト

言葉の使い分け[編集]

死に関連する単語として以下の3つがあり、宗派によって扱いが違うが、多分重要な箇所。

脚注[編集]

  1. Youtube検索「Koko Speaks」
  2. 神がイエスを死人の中からよみがえらせて、いつまでも朽ち果てることのないものとされた(使徒行伝(口語訳)13章34節
  3. 主イエスは彼らに語り終ってから、天にあげられ、神の右にすわられた。(マルコによる福音書(口語訳)16章19節

関連項目[編集]

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