曜変天目茶碗
曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん、英:Yohen Tenmoku Tea Bowl)は茶碗の内側に青紫の斑文が現れた天目茶碗である。世界に3点しかなく、すべて日本国内にある。3椀すべてが国宝になっている[1]。
概要[編集]
「曜変」は「窯変」とも書かれる。陶磁器を焼く際、炎の温度や釉の材料は配合により偶然の化学反応が起き不規則な大小の斑紋が宇宙の星のように見える。 椀の生地は黒であるが、その中に青紫の斑点が生じ、それらが角度により虹のような深い輝きを生じ、宇宙に浮かぶ星のように見える。天目茶碗の中で最も高価な茶碗である。
中国・南宋時代(12~13世紀)に建窯(福建省)で作られた茶碗であるが、中国には完品は現存していないが、破片は出土している[2]。
3椀の現在の所有者は次の通り。
- 静嘉堂文庫美術館・・・通称「稲葉天目」。徳川将軍家所蔵品が春日局から稲葉家に渡り、三菱財閥の当主・岩崎小弥太に渡った。
- 藤田美術館・・・・・・徳川家康から水戸徳川家に伝わり、藤田財閥の藤田平太郎に渡ったもの。
- 大徳寺龍光院・・・・・大徳寺では非公開であるが、時折展示会に貸し出される。
古文書[編集]
室町時代『能阿相伝集』は、「曜変」の初出と言われる。
曜変、天下に稀なる物也。薬の色如豹皮建盞の内の上々也
室町時代の文献『君台観左右帳記』(1511年、永正八年)室町将軍に仕えた同朋衆の能阿弥、相阿弥の作である。天目茶碗の価値を「曜変」・「油滴」・「建盞」・「烏盞」・「鼈盞」・「能盞」(玳玻盞)・「天目」(只天目)の順としている[3]。
曜変 建盞の内の無上也 天下におほからぬ物なり 萬匹のものにてそろ 建盞 ゆてきの次也 これも上々はゆてきにもをとるへからす 三千匹
小堀遠州の口伝を筆記したと言われる『名物目利聞書』には、曜変の特徴を記している。
土味黒く、薬たち黒く、粒々と銀虫喰塗の如くなるうちに、四五分位丸みにて鼈甲紋有之、めぐりはかな気にて見事なり、星の輝くが如し。
「曜変天目」三碗 同時期公開[編集]
2019年には世界で3つの曜変天目が同じ時期に公開される(展示場所は異なる)。
- MIHO MUSEUM
- 「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋(はそうあい)」
- 2019年 3月 21日~ 5月 19日
- 静嘉堂文庫美術館
- 「日本刀の華 備前刀」
- 2019年 4月 13日~ 6月 2日
- 奈良国立博物館
- 「国宝の殿堂 藤田美術館展-曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき-」
- 2019年 4月 13日~ 6月 9日
大正名器鑑[編集]
高橋義雄編『大正名器鑑』には曜変天目として6椀が掲載されている[4]。
- 大名物 横浜 小野哲郎(現・国宝、静嘉堂文庫蔵)(高さ二寸三分、口徑四寸)
- 大名物 男爵 藤田平太郎(現・国宝、藤田美術館蔵)(高さ二寸二分五厘、口徑四寸〇五厘))
- 大名物 京都 龍光院(現・国宝、龍光院蔵)(高さ二寸一分五厘、口徑径四寸)
- 大名物 侯爵 徳川義親(尾州徳川家所蔵油屋所持曜変天目)(高さ二寸四分八厘、口徑四寸四分五厘)[5]
- 伯爵 酒井忠正 (現東洋陶磁美術館) (高さ二寸一分五厘ー二寸二分、口徑四寸ー四寸一分眞鍮覆輪)
- 侯爵 前田利為 (高さ二寸一分五厘、口徑四寸ー三寸九分)
最初の3椀は国宝の3点であるが、4番目の徳川義親所蔵と5番目の酒井忠正所蔵の天目は現在の評価では油滴天目である。東洋陶磁美術館では油滴天目として展示されている[6]。、6番目は加賀・前田家(前田利常)伝来として、現在MIHO MUSEUMに所蔵されている天目と思われる[7]。国宝の天目と比べると、窯変独特の光の輝きとは異なるように見える。