川口高齢夫婦殺害事件
川口高齢夫婦殺害事件(かわぐちこうれいふうふさつがいじけん)は、2014年3月29日に埼玉県川口市で夫婦が殺害された事件。
概要[編集]
2014年3月29日午後0時50分ごろに埼玉県川口市西川口2丁目のアパートで、上半身に刺し傷のある高齢夫婦の遺体が見つかった[1]。3月27日からの新聞がたまっていることを不審に思ったアパートの家主の連絡で、被害者夫婦の長女が子どもと2人でアパートを訪れて、合鍵で家に入って夫婦を探したが見つからなかった。そこで、警察とアパートに訪れて探したところ、段ボール10個以上や布などの雑貨の下に並んで血を流している夫婦が発見されることとなった。最後の生存情報は、3月25日午後に長女が電話をかけて被害者夫婦の声を聞いたのが最後となっている。
捜査経過[編集]
二人の遺体の傍には血のついた刃物が残されていた。二人とも上半身を数か所刺された状態で発見されている。発見時には、室内の明かりは点灯したままで玄関の鍵が掛かっており、窓なども閉まっていたことから、二人を刺殺した犯人は玄関を施錠してから逃走したとみられている。犯人と争ったような防御創はなく、司法解剖によると夫婦の死因は刃物で刺されたことによる失血死。遺体に段ボールなどが被せてあったのは、発見を遅らせるための工作とみられている。
遺体発見時に玄関の鍵は、施錠とチェーンの二重に掛けられていた[2]。チェーンには壊れている部分があって玄関の外からチェーンを掛けられる状態だった。被害者夫婦もそのことを知っており外出時には外からチェーンをしていたという。逃走時に外からチェーンを掛けていることから、犯人は、被害者夫婦の家の玄関チェーンの特徴を知っていた可能性があるとされる。殺害現場からは固定電話がなくなっていた。
逮捕[編集]
2014年5月20日、川口署捜査本部は「被害者夫婦を刃物で刺してキャッシュカードを奪った」強盗殺人容疑で被害者の孫の17歳少年Aを再逮捕した[3]。少年は同年4月29日、被害者夫婦の次女でAの母親Bとともに、被害者夫婦から奪ったキャッシュカードで1万数千円を引き出した窃盗容疑で逮捕されていた。防犯カメラの映像などから母親Bと少年Aが犯行当日に現場近くにおり、被害者夫婦の口座から現金を引き出したことが確認されていた。少年Aは「お金が欲しかった」と容疑を認める供述をしている。
5月28日、川口署捜査本部は窃盗罪で起訴していた母親Bを強盗容疑で再逮捕した[4]。再逮捕容疑は3月26日に少年Aの殺害を知った後に加担して被害者夫婦のアパートからキャッシュカードを奪ったというもの。母親が被害者夫婦方に侵入した形跡は確認されていない。
起訴[編集]
2014年4月20日に窃盗罪で母親Bを起訴する。その後、母親Bは強盗罪でも起訴されている。
2014年7月9日にさいたま家庭裁判所は、強盗殺人と窃盗の非行内容で送致されていた少年Aを検察官送致(逆送致)とする決定をした[5]。7月17日にさいたま地方検察庁は、強盗殺人と窃盗罪で少年Aを起訴した。
裁判経過[編集]
少年A[編集]
2014年7月15日の追起訴審理公判で、母親Bは窃盗罪に続いて強盗罪についても認めた[6]。検察側は、両親に約30万円の借金があったBが少年Aに「殺してでも借りてこい」と指示。夫婦を殺害した公園で合流した少年Aに再び夫婦宅に行かせて現金約8万円やキャッシュカードを奪ったとしている。
2014年12月20日の論告で検察側は無期懲役を求刑[7]。母親が直接祖父母の殺害を指示したわけではないと述べて「母親も悪いが、被告人の刑事責任とは別」と事件の結果の重大性を考慮しつつも、成育歴などの事情から死刑求刑は見送った。一方、弁護側は祖父母の殺害は母親が指示したと主張。成育歴などから心理的・精神的に母親の指示に逆らうことは難しかったとして、教育をしなおすために医療少年院送致を求める。
裁判において最大の焦点となったのは、少年Aが社会問題となっている居所不明児童であり、情状酌量が認められるかどうかということであった[8]。精神鑑定では「母親のいうことに逆らえない学習性無力感の状態」にあるとされた。弁護側の主張によると少年の生い立ちは次のようなものだった。
- 父母は就学前に別居して離婚。
- 引き取られた母親はホストクラブに通いづめとなる。少年Aは毎晩のように家に来るホストに付き合わされ、小学4年生からは学校に通わなくなった。
- 母親はホストクラブに通って、1カ月不在のときもあった[9]。
- 母親は再婚して元ホストの義父と母親と3人で静岡に暮らして、2〜3カ月間は静岡の小学校に通う。しかし、住民票を残したまま埼玉に戻って小学5年生からは学校に通わない日々となる。
- 日雇い仕事をしていた義父は、収入がある日は3人でラブホテルに宿泊。仕事がない日は、ラブホテルの敷地内にテントを張ったり、公園で野宿をしていた。14歳(中学二年生)のころには、横浜スタジアム周辺の公園などで生活していたという[10]。
- 義父に殴られる虐待を受けており、前歯が4本折れるほど殴られたこともある。
- 母親と義父の指示で、少年Aは親戚に金銭を無心させられていた。裁判での父方の祖母の姉の証言では「約4年間で、借金して400万〜500万円を調達した」としている。
- 塗装会社に就職した義父は会社の寮で暮らして失踪。16歳の少年Aは代わりに働き、母親は給料の前借りを強要。金が尽きた直後に今回の事件が起きる。
これらのことから、公判では裁判長が検察側証人の被害者遺族である少年の母の姉に「決してあなたを非難しているわけではないが、周囲にこれだけ大人がそろっていて誰か少年を助けられなかったのか」と問うている。
2014年12月25日、さいたま地裁(栗原正史裁判長)は、懲役15年(求刑・無期懲役)の判決を言い渡した[11]。母親から殺してでも奪い取れという指示はあったが、少年の責任は重いとした。一方で、少年Aが過酷な環境に置かれて母親の言動によって犯行にいたってしまったとして、求刑よりも減刑した。少年A側は控訴している。検察側は、裁判員裁判の判断を尊重して控訴しなかった。
2015年9月4日、東京高裁(秋葉康弘裁判長)は被告側の控訴を棄却して懲役15年とした一審判決を支持した[12]。一審の母親の指示を否定した判決と違って、母親からの指示があったと認定。当初は指示に従うつもりはなかったが、祖父から借金を拒絶されたことで母親や妹のためにと犯行を行い、むやみに母親に従っていたわけではなかったとして、刑事責任の重さなどから量刑の見直しは必要ないとした[13]。
母親B[編集]
2014年9月19日、さいたま地裁(井下田英樹裁判官)は、強盗と窃盗罪で懲役4年6月(求刑懲役7年)を言い渡した[14]。母親が事件前から少年に職場や被害者夫婦から借金するように命じていとして、責任の重さを指摘。判決では、2014年3月26日に被害者夫婦から金を借りさせるために息子の少年Aを向かわせて借金を拒絶されて夫婦を殺害したことを聞くと、少年に再度アパートに戻らせて現金8万円やキャッシュカードを奪わせたとしている。その後、母親Bは控訴せずに刑が確定した。
脚注[編集]
- ↑ 2014年3月30日、埼玉新聞「高齢夫婦刺され死亡、殺人で捜査 施錠し犯人逃走か/川口」
- ↑ 2014年4月1日、埼玉新聞「川口の夫婦殺害 犯人、玄関チェーンの特徴知る人物か」
- ↑ 2014年5月20日、msn産経ニュース「17歳孫、強殺容疑で再逮捕 川口・夫婦殺害、援助断られ凶行か」
- ↑ 2014年5月29日、埼玉新聞「川口夫婦殺害で少年の母親再逮捕 強盗加担の容疑」
- ↑ 2014年7月9日、日本経済新聞「17歳孫を検察官送致 埼玉の夫婦殺害でさいたま家裁」
- ↑ 2014年7月16日、msn産経ニュース「次女、強盗も認める 老夫婦殺害追起訴公判 埼玉」
- ↑ 2014年12月20日、埼玉新聞「川口夫婦殺害 孫の少年に無期求刑、弁護側は少年院送致求める」
- ↑ 2014年12月24日、毎日新聞「埼玉・祖父母強殺:被告少年は「居所不明児」、無援の年月」
- ↑ 2014年12月25日、FNN「生い立ちに注目...祖父母強盗殺人の少年に懲役15年の実刑判決」
- ↑ 2014年12月25日、TBS News i「祖父母強盗殺人、小学校にも通えなかった少年の生い立ち」
- ↑ 2014年12月25日、NHKニュース - NHKオンライン「祖父母殺害の少年に懲役15年の判決」
- ↑ 2015年9月4日、日本経済新聞「19歳少年、二審も懲役15年判決 埼玉・川口の祖父母強殺 」
- ↑ 2015年9月4日、産経ニュース「19歳少年、2審も懲役15年 埼玉・川口の祖父母殺害」
- ↑ 2014年9月20日、埼玉新聞「川口夫婦殺害 母親に懲役4年6月「責任、息子より重い」