山背大兄王
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山背大兄王(やましろのおおえのおう)とは、飛鳥時代の日本の皇族の一人。
生涯[編集]
生年不明。聖徳太子の子として生まれる。
推古天皇死後、蘇我蝦夷や蘇我入鹿が勢力を強めて舒明天皇を天皇に確立した事で対立を深める。遂に命の危険となる時、蝦夷の叔父にあたる蘇我摩理勢が山背大兄王を匿った事で難を逃れたが、摩理勢が匿った事を蝦夷などに知られて摩理勢は討たれる。
その後古人大兄皇子を天皇確立に向け動いた蝦夷などに対抗してデモを起こしたが怒りを買って、642年に聖徳太子が整備した斑鳩宮にて襲撃される(斑鳩宮襲撃事件)。蝦夷は百数人の重臣を連れて斑鳩宮に火を放ち、山背大兄王は妻子含め自害。享年不明。これにより聖徳太子の嫡流は途絶えた。