山本翔也
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基本情報 | |
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出身地 | 福井県武生市 |
生年月日 | 1988年10月12日(36歳) |
選手情報 | |
投球・打席 | 左投左打 |
守備位置 | 投手 |
身長 | 183 cm |
体重 | 93 kg |
所属チーム | 阪神タイガース |
山本 翔也(やまもと しょうや、1988年10月12日 - )は、福井県武生市(現在の越前市)出身のプロ野球選手(投手)。阪神タイガース所属。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
阪神ファンの父に影響されて野球を始め、福井工業大学附属福井高等学校では1年秋からエース。法政大学、王子硬式野球部を経て、2013年のNPBドラフト会議で、阪神タイガースから5巡目で指名。契約金5,000万円、年俸540万円(金額は推定)という条件で入団した。
プロ入り後[編集]
2014年
- 球団合宿所・虎風荘への入寮翌日(1月9日)に右膝の違和感を訴えて病院で診察を受けたが[1]、大事に至らずその後の新人合同自主トレーニングを順調に消化。春季キャンプでは、6人の新人選手から、4巡目指名の梅野隆太郎と共に主力選手中心の「沖縄組」[2]へ抜擢された[3]。2003年から春季キャンプの参加選手を「沖縄組」と「安芸組」[4]に振り分けている阪神で、ドラフト5巡目以下の指名で入団した新人投手をキャンプの最初から「沖縄組」へ参加させたのは、山本が初めてである[5]。キャンプ後にはオープン戦4試合へ登板したが、伊勢市倉田山公園野球場の改装後初めての公式戦であった3月11日の巨人戦で、自身と同じ新人選手の小林誠司に逆転満塁本塁打を浴びる[6]など、0勝1敗、防御率13.50を記録するなど振るわず、公式戦を二軍でスタート。7月17日のフレッシュオールスターゲーム(長崎ビッグNスタジアム)にウエスタン・リーグ選抜の7番手投手として7回裏に登板(1イニングを投げて被安打0・奪三振2を記録)する[7]と、同月27日の対広島東洋カープ戦(マツダスタジアム)で、一軍公式戦へのデビューを果たした。以降も公式戦1試合に登板したが、2試合通算で左打者に4打数3安打と打ち込まれたことから、一軍の首脳陣は「対左打者用のリリーフとしては使いづらい」と判断。この判断によって7月末に出場選手登録を抹消された[8]後は一軍から遠ざかったが、ウエスタン・リーグ公式戦には、34試合の登板で防御率1.95を記録した。
2015年
- 2年連続で開幕一軍入りを逃した[9]が、5月に入ってから、ウエスタン・リーグ公式戦で11登板試合連続無失点を記録。公式戦開幕から通算24回3分の1イニングで3点しか失っていないこと[10]も背景に、5月26日にシーズン初の出場選手登録へ至った[11]。同月30日の対埼玉西武ライオンズ戦(西武プリンスドーム)に、シーズン初の一軍公式戦登板。7点ビハインドで迎えた6回裏からの救援登板ながら、西武の強打者トリオ(4番:中村剛也、5番:エルネスト・メヒア、6番:森友哉)から3者連続三振を奪うなど、2イニングを無失点に抑えた[10]。6月9日にいったん登録を抹消された[12]が、先発投手としてウエスタン・リーグ公式戦で好投を続けた[13]ため、7月4日に再登録。球団通算10,001試合目の公式戦に当たる同日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)で一軍初先発を果たすと、5回2失点という内容で初勝利を挙げた[9]。その一方で、8月19日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)5回裏には、能見篤史・歳内宏明・山本による継投で球団史上ワーストの公式戦1イニング12失点を記録。能見・歳内で9点を失った後の1死満塁から登板した山本は、最初の打者からの2者連続二塁打など3被安打・2与四球で3点を失いながら[14]も、2死を取ってこのイニングを終わらせた[15]。しかし、翌20日に登録を抹消される[14]と、そのままシーズンを終了。シーズン通算では、一軍公式戦7試合に登板したが、初勝利を挙げたDeNA戦以外はすべて救援での起用であった。
2016年
- ウエスタン・リーグ公式戦では、チーム最多の48試合に登板。2勝1セーブながら、防御率を2.11にとどめた。しかし、一軍公式戦にはわずか6試合(通算3回1/3)しか投げられず、防御率5.40という成績でシーズンを終えた。
2017年
- 公式戦の開幕を二軍で迎えたものの、ウエスタン・リーグ公式戦では、オール救援ながら開幕月の3月だけで4勝をマーク[16]。シーズン通算では5勝にとどまったものの、前年と同じ48試合の登板で、防御率2.91を記録した。しかし、左腕の救援要員を高橋聡文と岩崎優だけで賄えたほど一軍の投手陣が充実していた影響で、一軍公式戦の登板数も前年から変わらなかった。7月21日の対広島戦(MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島)では、8回裏の救援登板で2死を取ったものの、一軍公式戦で自己最多の4失点を記録[17]。シーズン終了後の秋季キャンプからは、一軍公式戦での登板機会を増やすべく、スリークォーターだった投球フォームをサイドスローへ変更している[18]。
2018年
- 春季キャンプから二軍で、サイドスローのフォーム固めに専念した[19]。公式戦開幕後の5月12日には、シーズン初の出場選手登録[20]を経て、対広島戦(マツダ)5回裏から救援で登板。7回裏に菊池涼介とサビエル・バティスタから2者連続で本塁打を浴びるなど、3回を投げて5失点を喫したため、1日で登録を抹消された[21]。
脚注[編集]
- ↑ “虎の“ティッシュ王子”ドラフト5巡目山本、入寮翌日いきなり病院直行…”. サンケイスポーツ. (2014年1月9日) 2014年1月24日閲覧。
- ↑ 一軍首脳陣が帯同するグループで、2013年までは、一般に「一軍組」と称していた。
- ↑ “【阪神】キャンプ1、2軍振り分け発表”. 日刊スポーツ. (2014年1月23日) 2014年1月26日閲覧。
- ↑ 一軍半・二軍クラスの若手・中堅選手や、スロー調整を要するベテラン選手を中心に構成されるグループ。2013年までは「二軍組」と称していた。
- ↑ “阪神「ティッシュ王子」山本1軍スタート”. 日刊スポーツ. (2014年1月23日) 2014年1月24日閲覧。
- ↑ “阪神和田監督7連敗に「申し訳ない」”. 日刊スポーツ. (2014年3月11日) 2014年3月29日閲覧。
- ↑ “阪神山本、西武森斬った左キラー本領発揮”. 日刊スポーツ. (2014年7月18日) 2015年10月22日閲覧。
- ↑ “虎・山本、「対左」として機能せず2軍降格 中西C「使いづらい」”. サンケイスポーツ. (2014年8月1日) 2015年10月22日閲覧。
- ↑ a b “阪神“無名左腕”が首位浮上の立役者!山本、プロ初先発勝利”. スポーツニッポン. (2015年7月5日) 2015年10月22日閲覧。
- ↑ a b “阪神山本 西武おかわり、メヒア、森を3連続K”. 日刊スポーツ. (2015年5月31日) 2015年10月22日閲覧。
- ↑ “阪神が石崎、山本、小宮山、北條を登録”. 日刊スポーツ. (2015年5月26日) 2015年10月22日閲覧。
- ↑ “阪神が新井を1軍登録、山本を抹消”. 日刊スポーツ. (2015年6月9日) 2015年10月22日閲覧。
- ↑ “阪神山本プロ初先発浮上 7月4、5日DeNA戦”. 日刊スポーツ. (2015年6月27日) 2015年10月22日閲覧。
- ↑ a b “阪神・歳内&山本2軍落ち 二神、筒井が昇格の見通し”. サンケイスポーツ. (2015年8月20日) 2015年10月20日閲覧。
- ↑ “阪神悪夢の5回…10安打浴びてワースト12失点”. 日刊スポーツ. (2015年8月19日) 2015年10月20日閲覧。
- ↑ “DeNA・砂田は2回5失点、阪神・山本は4勝目 3月25日のファーム試合結果”. BASEBALL KING. (2017年3月25日) 2018年3月7日閲覧。
- ↑ “阪神・山本、試合ぶち壊し…2/3回を自己最悪4失点”. サンケイスポーツ. (2017年7月20日) 2018年5月13日閲覧。
- ↑ “阪神・山本&青柳、「変則投げ」共闘 ブルペンでキャッチボール”. サンケイスポーツ. (2017年11月15日) 2018年3月7日閲覧。
- ↑ “阪神山本、サイドスロー転向で新左キラー誕生なるか”. 日刊スポーツ. (2018年2月7日) 2018年5月13日閲覧。
- ↑ “阪神・高橋聡、左肩状態不調で抹消…山本が昇格”. サンケイスポーツ. (2018年5月12日) 2018年5月13日閲覧。
- ↑ “阪神山本、初登板5失点で即抹消 尾仲昇格へ”. 日刊スポーツ. (2018年5月13日) 2018年5月13日閲覧。