小玉明利

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小玉 明利(こだま あきとし、昭和10年(1935年6月10日 - 令和元年(2019年5月19日)は、日本プロ野球選手内野手)・監督

経歴[編集]

兵庫県出身。長男がいる。

兵庫神崎工業高校から昭和28年(1953年)に近鉄(現在のオリックス)の入団テストを受けてプロ入りする。巧打の3塁手として活躍し、昭和42年(1967年)からは選手兼任で監督を務めた。昭和43年(1968年)からは阪神タイガーズでプレーし、昭和44年(1969年)のシーズンを最後にして引退した。通算成績は1946試合、1963安打、打率は2割8分6厘、本塁打は130本、打点は788、ベストナインには5度輝いた。

令和元年(2019年)5月19日午後10時22分、腎臓癌のため死去した。83歳没。

詳細情報[編集]

通算監督成績[編集]

  • 132試合 59勝71敗2分 勝率.454

表彰[編集]

記録[編集]

節目の記録
  • 1000試合出場:1961年8月24日 ※史上63人目
その他の記録

背番号[編集]

  • 52(1953年 - 1954年)
  • 2(1955年 - 1967年)
  • 3(1968年 - 1969年)

脚注[編集]