宇奈月温泉事件
- 本文中、当時の1円は現在の2500円に相当するとした。
宇奈月温泉事件(うなづきおんせんじけん)は富山県の宇奈月温泉について発生した民事事件。昭和10年(1935年)に大審院が判決を下した。
概要[編集]
宇奈月温泉の各旅館は、大正13年(1924年)に黒薙の源泉から約7kmにも及ぶ非常に長い引湯管(木管)を引いて温泉を得るようになった。しかし、Y温泉宿の引湯管の一部は他者所有のとある土地のうち取るに足らない傾斜地2坪の地下に、土地の所有者に無許可で敷かれていた。これを知ったこの土地の隣接地を有するXは、この土地をもとの所有者から購入したのち、自らの所有する土地の地下に無許可で引湯管が敷かれていること(不法占拠)を口実にYに対して購入した土地と隣接地の合計約3000坪を買い取るか、もしくは引湯管を撤去するかをYに求めた。しかし、この合計約3000坪の土地は時価約30円(およそ現在の75000円に相当)の二束三文の土地であったにもかかわらずXは価格を2万円(およそ現在の5000万円に相当)に釣り上げていて、また地中に敷設されたこの木管の撤去工事には代金約1万2000円(およそ現在の3000万円に相当)と約270日にも及ぶYの休業が見込まれた。Yは買い取りも撤去も拒否したため、Xはこれに対して引湯管の撤去を求めて裁判を起こした。
裁判経過[編集]
魚津区裁判所(およそ現在の魚津簡裁に相当)での第一審、富山地方裁判所での第二審の両方でXの請求は退けられたため、Xは大審院(現在の最高裁判所に該当)に上告した。大審院は引湯管の撤去が宇奈月の産業に大きな影響を与えるという点に加え、所有権侵害の程度がわずかなであるのにその撤去の費用が莫大であるという点と権利が侵害されている状態を利用してXが不当な利益を得ようとしている点を鑑みて、Xの主張は権利の濫用に該当すると判断し請求を退けた。
その他[編集]
この事件は、大審院の判決において権利の濫用の法理が採用された事件のうちできわめて初期のものである[1]こと、事件の内容が比較的わかりやすいことなどから、有斐閣の民法判例百選の1番目に記載されているなど有名な事件であり、現在でも多くの法学部大学生や民法初学者が最も初めに学ぶ判例であるなど広く知られている。
また、事件当時の民法では条文中に直接権利の濫用に触れられていた箇所は存在していなかったが、判例や当時の学説ではこの法理は認められていた。戦後1947年の民法改正で権利の濫用を禁止する条文[2]が追加されたが、この改正に際してこの事件は重要な判例として少なからず影響を与えている。