妖虫 (クトゥルフ神話)
『妖虫』(ようちゅう、原題:英: Insects from Shaggai)は、イギリスのホラー小説家ラムジー・キャンベルの短編ホラー小説。クトゥルフ神話の一つ。
1964年にアーカムハウスから短編集『The Inhabitant of the Lake and Less Welcome Tenants』に収録されて発表された[1]。日本では国書刊行会から『真ク・リトル・リトル神話大系9』および『新編真ク・リトル・リトル神話大系4』に山中清子訳で収録されている他、サウザンブックス社から『グラーキの黙示 1』に「昆虫族、シャッガイより来たる」の邦題で森瀬繚訳で収録されている。
リン・カーターは『シャッガイ』という作品を執筆しており、シャッガイ星が滅び昆虫族が故郷を捨てた経緯が描かれるが、本作とは経緯が異なっている。キャンベルのアザトートについては、『暗黒星の陥穽』という作品でも言及がある。
作品内容[編集]
昆虫族の歴史[編集]
緑光の二重太陽の惑星シャッガイで誕生した昆虫族は、都市やアザトートの神殿を建設した。彼らの精神性は頽廃し、他の星から生物を拉致してきて拷問にかける娯楽に興じたり、奇怪な生物を見つけては鑑賞して楽しんだ。しかし、不可解な天体[注 1]の作用によって、シャッガイ星は滅び去り、神殿の中にいた40人ほどのみが生き残る。神殿は近隣の惑星ザイクロトルへと念力移動し、神殿の昆虫族たちは、他星の植民地から同族を呼び集めて、ザイクロトル星を征服し、先住種族を奴隷化する。およそ200年後、労働力として多数のザイクロトル族を引き連れて、昆虫族は別の星に神殿を移動させることを決める。無人の惑星をサゴンと名付けて入植するも、何者かが彼らを相次いで殺し、危険を感じた昆虫族はサゴンから逃げる。続いて太陽系にたどり着き、ルギハクス(天王星)に新たな神殿を建造する。ルギハクス先住の立方体種族とは棲み分けしていたが、数世紀が過ぎたころ、昆虫族と立方体種族の間で宗教トラブルが勃発する。結果、アザトートの神殿に残ることを選んだ30人ほどの昆虫族は、神殿もろともルギハクスを追放される。
17世紀のとある夜、念力移動で地球のゴーツウッドの森に出現した神殿は、大部分が地下に埋まってしまい、上部の9メートルほどが地上に突き出すという状態となる。地元では隕石が落ちたと噂された。昆虫族は、昼は痴愚神を礼拝し、夜は外出して犠牲者に催眠術をかけて空き地に呼び出す。隕石を崇める魔女たちは、脳内に昆虫族の記憶を流し込んでもらうことで薬物的な快楽にふける。昆虫族は、魔女団を利用することで地球を侵略する計画を立てる。しかし魔女団の存在が明るみに出て潰され、昆虫族の計画は頓挫する。
魔女団が潰れた後も、森に行って発狂した者が現れたり、金属の円錐塔や奇妙な生物の目撃情報が相次ぎ、近隣の者は森に近づこうとしなかった。目撃者の中には、何かを見て恐怖のあまり死んだ者さえもいた。
ロナルド・シア[編集]
20世紀のある日、小説家ロナルド・シアは、ブリチェスターの酒場でゴーツウッドの森にまつわる恐怖譚を聞く。話には曖昧な箇所が多く、シアは土地の者たちが恐れているのを馬鹿にして、軽率にも森に入ってみることにする。
日中であるにもかかわらず、霧にかすむ森の中には、何かが潜み徘徊している気配がある。シアは帰りたいと思いつつ、道に迷い、円錐塔にたどり着く。塔の表面には、不気味な彫像が彫刻されていた。5種の種族が彫られており、中でも最も多いのが昆虫の姿をした種族である。頭部が卵そっくりのノッペラボー種族は、昆虫族の奴隷であるらしい。やがて円錐塔の中から昆虫族が出てくる。昆虫族がいなくなったと安堵したところ、シアは自分の体に違和感を覚え、あいつが体内に入ったことを察する。そして昆虫族の記憶が、シアの脳内へと流れ込む。シアは、人間とはあまりにも異質な生物の歴史と記憶を、紙へと書き留める。
寄生者が活動を止めたことで、シアは虫が脳から出て行ったと錯覚し、円錐塔の中へと入ってみることにする。既に敵の思うがままに誘導されているなどとは疑いもしない。塔の中で、痴愚神アザトートの姿を象った偶像を見て、シアは恐怖のあまりに逃げ出す。昆虫族はアザトート解放を目論んでおり、さらに自分の脳内にはまだ虫が宿っている事実に気づく。このまま操られて次の犠牲者を探す肉人形に成り果てるであろう運命を悟ったシアは、自害することを決める。
主な登場人物・用語[編集]
- ロナルド・シア - 語り手。名前はペンネーム。
- 教師 - 宿の逗留客。シアの幻想小説を称賛する。シアに森の恐怖譚を語る。
- サム - 土地の老人。教師と共に、シアに恐怖譚を語る。
- マシュー・ホプキンズ - 17世紀の実在の魔女狩り役人。ゴールウッドの森の魔女団を皆殺しにした。
- 若者 - 魔女団が潰れた後に、森に行って発狂したと伝わる。昆虫族の術にうまくはまらず、無理やり屈服されそうになり壊れた。
- 金属製の円錐塔 - ゴーツウッドの森にそびえる、高さ9メートルほどの建造物。アザトートの神殿の、頭頂部が地上に突き出たもの。
生物・神[編集]
- シャッガイの昆虫族 - 後述。
- ザイクロトル族 - 頭部が卵そっくりのノッペラボー種族。昆虫族の奴隷であり、力は強いが知能は低い。宗教は植物神。昆虫族の言葉で「昼の衛兵たち」という意味の名を持ち、見張り役として森を徘徊している。
- サゴンに棲むもの - 詳細不明。誰にも見られることなく、昆虫族を狙って次々と惨殺してのけた。
- ルギハクスの立方体種族 - 天王星の先住種族であり、金属生命体。ルギハクスとは、彼らの言語での惑星の名前。宗教はルログ神。新たな神アザトートに傾倒する狂信者が現れたことで、両種族間に宗教トラブルが生じた。
- アザトート - 痴愚神。神殿に住まう一体の生命体であり、奇妙なことに同時に全ての神殿に存在している。二枚貝の姿の偶像が登場するが、外宇宙に追放されており現在の姿は不明。昆虫族の最大の目的は、アザトートを完全体で呼び戻すことである。
- 植物神 - ザイクロトル族の神。穴倉に棲まい、定期的に生贄を受け取る。
- ルログ - ルギハクスの神。双頭のこうもり神。年に一度代表者が自傷の儀式を行うことで、引き換えに恵みを与える。二次資料ではナイアーラトテップの化身とされている[2][3]。
シャッガイからの昆虫族[編集]
シャッガイ星で文明を築いていた種族で、アザトースを崇拝している。故郷を失い、ザイクロトル星、サゴン星を経てルギハクス星(天王星)に移住したが、宗教トラブルの結果、30人程の生存者がアザトースの神殿ごとイギリスのゴーツウッドの森近くに現れた。
昆虫と表現されるが、鱗粉のある半円形の畝のある革のような三角の羽で地球の大気の中でも飛行できる。頭から節のある巻きひげ状の器官が突き出しており、濡れた3つの口を持つ。脚は10本あり、黒光りする毛が生えている。眼は大きく顔は平たい。人間の皮膚や筋肉などを透過して脳に寄生し、夜になると活動し、自身が見てきた精神を崩壊させるような恐ろしい光景を見せたり、ある衝動に駆られるような記憶を植え付けたりする。しかし、その宿主が瀕死になったり発狂したりなどすると、その人物はもう宿主として適してないと判断され、シャンは出ていく。いずれは地球の新たな支配者となろうと企んでいる。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ↑ 国書刊行会『新編真ク・リトル・リトル神話大系4』解題435-437ページ。
- ↑ ダニエル・ハームズ『エンサイクロペディア・クトゥルフ』(第2版邦訳2007年版)「ニャルラトテップ(ルログ))」203ページ。
- ↑ 『マレウス・モンストロルム』「ルログ、星から来た音なきコウモリの神」226ページ。
- ↑ ダニエル・ハームズ『エンサイクロペディア・クトゥルフ』(第2版邦訳2007年版)「シャン(シャッガイからの昆虫)」134-135ページ。
- ↑ 『マレウス・モンストロルム』「シャッガイからの昆虫」53-55ページ。