大聖院宗心
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大聖院 宗心(だいしょういん そうしん、生没年不詳)は、戦国時代の僧侶である。「大聖院」とは父の大友親綱の菩提寺からとったものである[1]。本人にも当主への野心はあったとされるが、大友家の一族として反対勢力に常に傀儡として利用される生涯を過ごした。
生涯[編集]
父は第13代当主の大友親綱。大友家は親綱の後はその弟の親繁の系統が当主を務めていたため、宗心は当主奪還の野心に燃えて常に簒奪の意思を持ち続けたという。明応5年(1496年)に大友義右と大友政親が死去・殺害されると大内義興により新たな当主、すなわち傀儡として奉じられて利用された[1]。これは大友親治により妨害されて失敗する。
永正13年(1516年)に大友家の家臣・朽網親満が大友義鑑に対して謀反を起こすと(朽網親満の乱)、宇佐神宮の永弘氏輔や田原親速と連携して宗心を擁立しようとした[1]。ただしこの反乱も義鑑により鎮圧された。その後の消息は不明。
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 『戦国人名事典コンパクト版』 阿部猛、西村圭子、新人物往来社、1990年9月 ISBN 4-404-01752-9