北畠 昌清(きたばたけ まさきよ、1595年(文禄4年) - 1665年(寛文5年))は、安土桃山時代、江戸時代の武士、剣術家。津軽藩士。
1595年(文禄4年)陸奥津軽に北畠昌教の子として誕生。家督相続後、津軽信枚の計らいで浪岡に館を賜る。成人後は津軽藩に客分、剣術師範として仕えつつ北畠家の再興を運動したが、成就せぬうちに亡くなった。 しかしながら、現在これらの諸伝は、一部個人の主張の域を出ておらず、事実か否か極めて疑わしいものと言える。