久能山東照宮

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久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)は徳川家康を祭神として静岡県静岡市駿河区に鎮座する神社である。四大東照宮の一つである。

概要[編集]

徳川家康は生前、家臣に、(自分の死後は)「遺骸は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺に位牌を納め、一周忌が過ぎて後、下野の日光山に小堂を建てて勧請せよ、関八州の鎮守になろう」[1]との遺言を残した。遺命により遺骸を久能山に埋葬し、「東照社」として奉祀される。その後、2代将軍徳川秀忠の命により久能山東照宮が創建された[2]寛永13年(1636年)、3代将軍家光公奉納の五重塔が完成する。正保2年(1645年)11月3日、東照社に宮号が宣下され、「東照宮」と称する。享保2年(1717年)、8代将軍吉宗、国行の太刀を奉納した。文久3年(1863年)、14代将軍家茂参詣。国秀の太刀を奉納[3]

警備[編集]

榊原照久は当初、東照宮の神主と久能山の警護を任務とした。その子榊原照清は神主を辞したため、幕府は久能総ご門番職を創設し、任じた。榊原家は代々この職を世襲し、大名格として遇された。配下に与力八騎、同心三十人を擁し、警備に当たった[4]

明治の変革[編集]

  • 明治維新後は官軍の攻撃が心配されたため、旧幕臣100名が警護に当たった。無事に済んだため、勝海舟の配慮があり、全員が牧之原の開拓に従事した。神仏分離は明治3年から実施された。慶應4年、徳川家達が府中70万石に任命されると神領が組み入れられたため久能山は収入が途絶したが、家達は旧神領内から神社の賄料その他諸経費として800俵を交付した[4]

建築物[編集]

社殿[編集]

  • 国宝(平成22年12月指定)[5]
  • 徳川家康を祀る霊廟として元和3年(1617)に創建した。
  • 二代将軍徳川秀忠の命により宰相頼将が総奉行となり中井大和守正清を大工棟梁とし、元和2年5月着工、元和3年12月に竣工した。
  • 社殿は旧久能城を廃止し、その跡地に造営されたものである。
  • 彫刻、模様、組物等に桃山時代の技法を取り入れ、江戸初期の代表的建造物である。
  • 全国の東照宮建築のうち、最初に建てられた社殿である。拝殿・石の間・本殿は、創建時のものである。

唐門[編集]

  • 重要文化財(国指定)[6]
  • 元和3年(1617年)に建築され、青はラピスラズリ(瑠璃色)を使用する。
  • 屋根は銅瓦本葺黒漆塗、四方唐破風造の門。

東門[編集]

  • 重要文化財(国指定)[7]
  • 日枝神社から拝殿の間にある朱塗りの棟門で、拝殿への通用口である。切妻造り銅板葺。両袖透かし塀。

廟門[編集]

  • 重要文化財(国指定)[8]
  • 墓所へ向かう時、最初にくぐる門。
  • 黒塗りの門である。

玉垣[編集]

  • 重要文化財(国指定)[9]
  • 社殿や拝殿の敷地と、自然の敷地の境界を示すもの
  • 玉垣に唐獅子、鳥類、動物、想像上の動物が彫刻されている。

渡廊[編集]

  • 重要文化財(国指定)[10]
  • 石の間と神饌所を結ぶ朱塗りの廊下。

廟所宝塔[編集]

  • 重要文化財(国指定)
  • 当初は木造であったが、寛永17年(1640年)に石造の宝塔に改められた。

末社日枝神社本殿[編集]

  • 重要文化財(国指定)
  • 薬師如来像を安置するための薬師堂であったが、『神仏分離令』山王社の神体を納めた[11]
  • 御祭神は大山咋命

神庫[編集]

  • 重要文化財(国指定)[12]
  • 1617年築。
  • 校倉造で、久能山東照宮への奉納品を納めていたと伝わる。

神楽殿[編集]

  • 重要文化財(国指定)[13] - 1955年(昭和30)6月22日
  • 木造平屋建、入母屋、銅瓦葺、桁行5間、梁間3間。
  • 神楽は行われず、武家奉納の絵馬を掲げた。

神饌所[編集]

  • 重要文化財(国指定)[14]
  • 桁行5間、梁間3間、入母屋造り、銅瓦
  • 神饌を調える部屋2部屋があり、渡り廊下で本殿前面の石の間に接続する。

鼓楼[編集]

  • 重要文化財(国指定)[15]
  • 『神仏分離令』により鐘楼は仏教施設とされたため、中身を江戸城にあった太鼓に替え現在の『鼓楼』となった。

神厩[編集]

  • 重要文化財(国指定)[16]
  • 家康の愛馬を飼育するために建てられた厩舎である。
  • 左甚五郎作と伝えられる木像の神馬が納められている。

楼門[編集]

  • 重要文化財(国指定)[17]
  • 後水尾天皇直筆による『東照宮大権現』の額があり、「勅願御門」とも呼ばれる。
  • 中央の蟇股に獏の彫刻(鉄や銅を食料とすることから平和の象徴とされる)、表側左右の格子戸内に随身、裏側左右の金剛柵内に狛犬がある。

勘介井戸[編集]

  • 深さ33メートル(108尺)、石垣積
  • 戦国時代に武田信玄公の軍師山本勘介が掘ったと伝わる

五重塔跡[編集]

  • 寛永12年(1635)に着工、寛永13年正月に完成した、高さ約30メートルの五重塔があった。
  • 明治時代の神仏分離の際に五重塔は取り払われ、現在は礎と礎石だけが残る。

久能山東照宮博物館[編集]

久能山東照宮に付属する歴史博物館。徳川家康公の日常品(手沢品)、徳川歴代将軍の甲冑を中心とした武器・武具等を展示する。歴代将軍が遷宮や将軍就任の際に久能山東照宮へ奉納した刀剣・刀装を含む。

基本事項[編集]

  • 名称:久能山東照宮
  • 所在地:静岡県静岡市駿河区根古屋390番地
  • 祭神:贈正一位 徳川家康(東照公)
  • 交通:JR清水駅から、清水駅乗場からバス「しずてつジャストライン清水日本平線」で「日本平ロープウェイ」下車(約35分)、ロープウェイ約5分で久能山に到着。
  • 公開(通年): 9:00~17:00
  • 休業日:無休
  • 拝観料:社殿 大人500円、小人 200円。博物館 大人400円、小人 150円。

公式ページ[編集]

久能山東照宮

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