アントニーン・ドヴォジャーク

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もし機関車を発明できるのであれば、全ての私の交響曲を捧げても良い。

 - アントニーン・ドヴォジャーク

アントニーン・レオポルド・ドヴォジャーク(Antonín Leopold Dvořák, 1841年9月8日 - 1904年5月1日)は、チェコ(生誕時はオーストリア帝国ボヘミア王国)の作曲家鉄道ファンである。ヨハネス・ブラームスエドヴァルト・グリーグピョートル・チャイコフスキーらと同世代の後期浪漫派音楽・国民楽派に属する作曲家である。日本でいう明治時代に主に活躍した。

表記[編集]

Dvořákの実際の発音は「ドヴォジャーク」が一番近い。しかし、「ドヴォルザーク」という表記が一般的ではある。これは、中世以前にřをrzと綴っていた時期があり[1]、その名残でrzをルザと誤読したためではないかと推測される。他に、「ドヴォルジャーク」「ドボルザーク」など各種の表記が存在する。

生涯[編集]

1841年、チェコプラハ北方にあるヴルタヴァ川沿いの村、ネラホゼヴェス生まれ。当初は無名作曲家であったが、1877年にヨハネス・ブラームスの目にとまり、その後大作曲家としての道を歩むことになる。1892年から1895年にかけてアメリカにわたり[2]、そこで交響曲「新世界より」を作曲した。

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作品一覧[編集]

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  • 交響曲9曲 - 第9番「新世界より」が特に有名。
  • 序曲「自然の中で」「謝肉祭」「オテロ」(序曲三部作)
  • 交響詩「金の紡ぎ車」
  • 弦楽セレナーデ
  • スラヴ舞曲
  • チェコ組曲
  • 弦楽四重奏曲14曲

など。

なお、ドヴォジャークの曲には、通常の出版順の作品番号(op番号)の他に、遺作等も並べて作曲順に並べたブルグハウゼル番号というものが存在し、B.xxxと表記する。例えば、「新世界より」はB.178という付番がされている。

鉄道ファンとして[編集]

現在は作曲家として知られているが、生前は鉄道マニアでもあった。音鉄、収集鉄、模型鉄、車両鉄、見る鉄、時刻表鉄と、現在の鉄道趣味にも通じる数多くのジャンルに手を出し、多岐にわたる鉄道趣味の草分け的存在であったことが知られている。鉄道を見に行くことを日課とし、機関車の車両番号を記録するなどの趣味があった。また有名な交響曲「新世界より」にも鉄道ネタが仕込まれているといわれている。そんな鉄道マニアな作曲家だけあって、次の様な名言を残している。

Všechny svoje symfonie bych dal za to, kdybych vynalezl lokomotivu
もし機関車を発明できるのであれば、全ての私の交響曲を捧げても良い。

鉄道ファンとなった背景に、生家の目の前を鉄道が通っていて、幼い頃から当時最新鋭の移動手段であった鉄道に慣れ親しんでいたことがあるとされている。この鉄道は今も現存していて、ベルリンとプラハを結ぶ主要幹線として、特急列車が頻繁に行き来している。この路線に、ネラホゼヴェス城駅という小さい駅があり、駅の目の前にドヴォジャークの生家が現在も残されている。

脚注[編集]

  1. この表記はポーランド語に現在も残っている。
  2. 当時アメリカが鉄道先進国で、それに興味を持ったことが渡米のきっかけとの説がある