アッシュールバニパルの焔

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アッシュールバニパルの焔』(アッシュールバニパルのほのお、:The Fire of Asshurbanipal)は、アメリカ合衆国のホラー小説家ロバート・E・ハワードによる短編ホラー小説。クトゥルフ神話の1つで、『ウィアード・テイルズ』1936年12月号に掲載された。ハワード神話である本作は、中東の砂漠を舞台としたアクションを描きつつ、『黒の碑』『屋根の上に』などの恒例通りに人類以前に地球を支配していたものたちをかいま見るというストーリーが展開される。登場人物たちは20世紀前半のアウトロー冒険家や盗賊であり、ライフルを主武装とする。

『ウィアード・テイルズ』に発表され、日本語にも邦訳されている版は、決定稿だが、大幅に書き替えられる前の初期稿も存在する。初期稿はクトゥルフ神話要素がずっと少なく、また1972年になり発表された[1]

あらすじ[編集]

古代、アッシュールバニパル王宮の魔道士ズトゥルタンは、魔物を眠らせて宝石を盗む。魔道士は預言の力を振るい、いつしか宝石は王に敬意を表して「アッシュールバニパルの焔」と呼ばれるようになる。だが王国は邪悪なものに襲われ、民衆は鬼神の祟りと叫びたてたことで、王は魔道士に宝石を魔物に返却するよう命じる。魔道士は拒否し、叛逆都市カラ=シェールに逃げ込むが、そこで都市の王と宝石の奪い合いになった末に死亡する。だが、魔道士は死ぬ間際に魔物を解放しており、偽王は呪いを受けて死に、宝石を握ったままミイラとなる。叛逆都市は荒廃し無人となる。

20世紀、スティーヴ・クラーニイとヤル・アリという2人組の冒険家は「アッシュールバニパルの焔の話」の噂を聞き、眉唾と思いつつも、伝説を追って暗黒の都市カラ=シェールを探す。しかし砂嵐でラクダを失い、続いて盗賊に襲われ、水も尽き、命からがら古代都市にたどり着く。2人は玉座に宝石をつかんだ骸骨を見つけ、ヤル・アリは宝石を持ち帰ろうとするスティーヴを止める。そこへ盗賊たちが大勢で古代都市にたどり着き、2人は制圧される。

盗賊の頭領は旧敵ヌレディンであった。ヌレディンは宝玉を己のものにしようとするが、配下の盗賊達は呪いを怖れて反対する。ヌレディンが迷信と一蹴して宝石を掴むと、壁に黒い穴が空き、触手が伸びてきてヌレディンを掴む。アラブ人盗賊達は悲鳴を上げて逃げ出し、縛られたスティーヴとヤル・アリは見たら死ぬものが来たことを察し、悪臭と冷気に耐えて微動だにせず、ひたすらその怪物が去るのを待つ。2人が目を開けたとき、骸骨は宝石を再び握っていたが、ヌレディンの生首と、怪物の足跡が残されていた。

2人は宝石を諦め、なんとか縄を切ると、盗賊の馬で遺跡から逃げ出す。スティーヴは、人類以前に地球を支配していた物たちが異次元で生き永らえているという真実に思い至る。

主な登場人物[編集]

  • スティーヴ・クラーニイ - アメリカ人冒険家。屈強なアウトロー。
  • ヤル・アリ - アフガニスタン人冒険家。大柄な老齢な男で、腹の据わった古強者。アラーを敬い、鬼神を怖れる。
  • ヌレディン・エル・メクル - 盗賊の頭。数年前にスティーヴとトラブルになり、顔に傷を負った。部下は2種類おり、イエメン時代からの部下と、現地のベドウィン族。ベトゥイン族は鬼神を怖れる。
  • アッシュールバニパル王 - 紀元前7世紀のアッシリア王。ギリシア語名:サルダナパロス。
  • 魔道士ズトゥルタン - 王宮魔道士。魔物から宝石を盗み、預言の力を得る。力ずくで宝石を奪われ、死に際に呪いをかける[注 1]
  • 叛逆王 - 叛逆都市の王。ズトゥルタンを殺して宝石を奪うが、呪いにより死ぬ。骸骨が宝石を握ったまま玉座に残される。

用語[編集]

  • 叛逆都市 - アッシリア人がニネヴェを模して築いたとされる都市。バールの神像を祀る。王国への叛逆者が王を名乗って支配していた。アラブ名:ベレド=エル=ジン(魔物の都市)、トルコ名:カラ=シェール(暗黒の都市)。
  • 「アッシュールバニパルの焔」 - 脈をうつかのように輝く赤い宝石。地獄の凍りついた焔から刻みぬかれたと伝説される。宝石を奪おうとした者は邪神の怒りを買う。
  • 怪物 - 直立して歩くが、ヒキガエルに似ており、翼と触腕を持つ。スティーヴが見たのは背中のみで、正面を見たら発狂していただろうと言われる。

評価・解釈[編集]

東雅夫は『クトゥルー神話事典』にて、「ハワード得意のテンポよい冒険活劇調で展開される、神話大系の中ではやや毛色の変わった作品。<インディ・ジョーンズ>シリーズの先駆!?」と解説している。また同書ではハワード作品への総論として「ハワードの正調神話作品は、総じて作者の本領を十全に発揮するものとはなっていない憾みがある」と欠点を述べており、クトゥルフ神話の定石とハワードの特性“狂おしき闘争本能”の相性の悪さを指摘し、本作はその典型と解説している。[2]

『クトゥルフ神話ガイドブック』は、「ハワードは特に独自の神格を生み出すというよりも、独自の解釈で、神話要素を取り込んだ恐怖小説やヒロイック・ファンタジーを書いた」と解説し[3]、さらに本作については「コナンの作者らしい暴力と魔術に満ちた現代秘境冒険物語であるが、『ネクロノミコン』への言及から、ラヴクラフトの『無名都市』からイマジネーションを受けたものであることがわかる。ここで、ハワードは、呪われた死者の都を、アラブ人がベレド=エル=ジン(魔物の都市)と呼び、トルコ人がカラ=シェール(暗黒の都市)と呼んだものだと設定した」と解説している[3]

怪物について、作中では固有名詞は出ていない。ロバート・M・プライスは後付けで、ハワード神話の複数作品に登場する神をゴル=ゴロスと解釈した(ただし本作には言及していない)。『クトゥルフ神話ガイドブック』は本作の怪物をツァトゥグァと解釈している。謎の神「コス」について言及があり、また固有名詞ズトゥルタンが用いられている作品でもある。

収録[編集]

関連作品[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. クトゥルフコスヨグ=ソトースなど、あらゆる太古の存在に呼びかけたとされる。

出典[編集]

  1. 『Tales of the Lovecraft Mythos』『El Borak and Other Desert Adventures』などに収録。日本では未訳。
  2. 学習研究社『クトゥルー神話事典第四版』475ページ。
  3. a b 新紀元社『クトゥルフ神話ガイドブック』156ページ。