飯尾尚清夫人
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飯尾尚清夫人(いいおひさきよふじん、生没年不詳)とは、戦国時代の女性。織田信秀の10女で織田信長の姉妹。尾張奥田城主・飯尾尚清の正室[1]。
略歴[編集]
飯尾尚清の父・飯尾定宗は信秀の叔父であり斯波氏の一族として勢力を誇っていたことから、信秀は自分の娘をその息子の尚清に嫁がせた。これは奥田が下津の守護所と清州の中間に位置する重要拠点であり、さらに水陸交通の要衝であったことから確保する必要性があったためとも見られている[1][2]。
Wikipediaの飯尾尚清では別名信宗とされているが、谷口克広はこれを別人で兄弟であるとすること、尚清との間には3人の子があり、娘は信長の側近である長谷川秀一に嫁いだという[2]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 西ヶ谷恭弘 『考証織田信長事典』 東京堂出版、2000年。 。