青年師範学校

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

青年師範学校(せいねんしはんがっこう)は1947年3月以前の旧学制下で存在した学校。

概要[編集]

各道府県に1校設置され、青年学校の訓導(現在でいう教諭)養成の役割を果たしていた。1944年に官立学校となった。
実業補習学校教員養成所が起源となっていた学校が殆どだった。

戦後[編集]

戦後は官立専門学校格ということもあり、新制大学の学芸学部(教育学部)の職業科の母体となり、大阪青年師範学校[注 1]を除き、師範学校と共に国立大学教育学部の前身校として扱われ、同窓会組織も継承されている。

後身校に継承された青年師範学校校地は少数[注 2]で、後に別の大学に引き継がれた校地[注 3]もある。

[編集]

  1. 大阪青年師範学校は、公立の旧制浪速高校が国立大阪大学に吸収される見返りとして大阪府立浪速大学(後の大阪府立大学)に統合された。しかし、1963年に大阪府立大教育学部が募集停止され、その時の大阪府立大教育学部長が現在の芦屋大学を創設した。
  2. 広島大学に継承された福山市移転後の広島青年師範校地(1988年に東広島市に統合)、北海道教育大学岩見沢校舎に承継された北海道青年師範校地など。
  3. 例えば、東京青年師範校地を引き継ぎ、現在も使用している電気通信大学、愛知青年師範校地を引き継いだ名古屋大学農学部(1966年に現在の名古屋市に移転)。