芹澤壽良

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芹澤 壽良(せりざわ ひさよし、1931年4月18日 - )は、労働法学者[1]高知短期大学名誉教授[2]。元・日本鉄鋼産業労働組合連合会(鉄鋼労連)本部書記。

国鉄闘争を支援し、2003年に「国労5・27臨大闘争弾圧を許さない会」呼びかけ発起人[1]、2007年に「警察・検察の不法・横暴を許さない連帯運動」呼びかけ人となった[3]

2010年4月に国鉄1047名問題の政治和解を批判して結成された国鉄闘争全国運動に参加しており、動労千葉を支援している[2][4]

経歴[編集]

  • 1931年4月18日 - 長野県北佐久郡横鳥村大字牛鹿(現・立科町)生まれ。
  • 1944年 - 埼玉県立浦和中学校(1948年から埼玉県立浦和高等学校)に入学。
  • 1948年 - 旧制浦高生に誘われて民主主義擁護学生同盟(民学同)に加入。同年11月日本共産党に入党。
  • 1949年4月 - 早稲田大学付属高等学院3年に転入学。
  • 1950年4月 - 早稲田大学第一法学部に入学。学生運動に参加。
  • 1952年6月 - 早稲田大学全学学生協議会初代議長。
  • 1954年3月 - 早稲田大学第一法学部卒業。
  • 1954年8月 - 日本鉄鋼産業労働組合連合会(鉄鋼労連)本部書記(1976年7月まで)。
    • 当初は総務部、1955年から企画調査部、1964年から労働対策部に所属した。
    • 千葉利雄(60年代初期まで)、不破哲三(1964年退職)らと鉄鋼労連本部書記局内の左派有志グループ「月曜会」で活動した。
  • 1976年8月 - 労働者教育協会常任理事(1979年3月から非専従常任理事、のち理事)。
    • 労働者教育協会出版委員会委員長、勤労者通信大学・労働組合コース教科委員。
  • 1979年4月 - 高知短期大学教授(1997年3月まで)。                         
    • 1981年10月から1984年9月まで学生部長。
    • 1984年10月から1993年3月まで学長代理。
  • 1995年4月 - 法政大学大原社会問題研究所客員研究員。
  • 1996年4月 - 法政大学大原社会問題研究所嘱託研究員。
  • 2002年時点で労働運動総合研究所(労働総研)理事[5]

出典:「芹澤寿良のページ―経歴・雑誌寄稿」、「《日本鉄鋼産業労働組合連合会本部書記》芹澤壽良オーラル・ヒストリーPDF」。

出典[編集]

外部リンク[編集]