花原二郎
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花原 二郎(はなはら じろう、1930年8月6日[1] - )は、マルクス経済学者。元法政大学経営学部教授。専攻は財政学・貿易論[2]。
経歴[編集]
北海道有珠郡伊達町(現・伊達市)生まれ[3]。1948年旧制室蘭中学校第4学年修了後、旧制弘前高等学校文科甲類に入学。翌年学制改革で弘高第1学年修了後に弘前大学文理学部文学科に入学し、1953年に卒業。1955年法政大学大学院社会科学研究科修士課程修了。法政大学経済学部助手。1958年法政大学大学院社会科学研究科博士課程単位修得退学。法政大学経済学部専任講師[1]。1959年法政大学経営学部専任講師[4]、1961年助教授、1967年教授。1979-80年経営学部長。2001年退職[1]。
日本母親大会助言者[5]、三多摩自治体問題研究所初代副理事長[6]、労働者教育協会常任理事[7]、東京都中央卸売市場運営協議会委員(会長代理)[8]、東京都中央卸売市場市場財政運営検討委員会委員長[9]なども務めた。日本社会運動研究会編『左翼活動家・文化人名鑑』(日刊労働通信社、1969年)によると、労働者教育協会理事・講師(37~39年度)、日本母親大会助言者(第9~12回)、働く婦人の中央集会助言者(第9~11回)、中央労働学院講師(42年度)、法大教職員組合委員長。思想運動研究所編『大学教授紳士録・左翼篇――全国244大学・学部別総点検』(全貌社、1984年)によると、自治体問題研究所理事を務めた。
著書[編集]
単著[編集]
- 『労働者のくらしと日本経済』(労働旬報社、1965年)[1]
- 『物価問題』(青木書店[青木新書]、1967年)
- 『現代日本貿易論』(青木書店、1969年)
- 『円・ドル問題と日本経済――働くものの生活防衛のために』(青木書店[青木新書]、1971年)
- 労働者教育協会編『円のゆくえ――君のくらしはどうなる』(学習の友社、1971年)[1]
- 『「新しい円」の時代をどう生きるか』(啓隆閣[やさしい時事問題シリーズ]、1971年)
- 『戦後日本の経済と貿易』(筑波書房、1981年、増訂版1986年、改訂版1991年、第3版1992年)
- 『商業政策』(法政大学通信教育部、1984年)[1]
- 『世界経済の現状と展望』(述、日本海技協会編、日本海技協会[講演集]、1988年)
- 『くらしの経済』(東京都江東区、1994年)[1]
- 『規制緩和の光と影』(東京都生活文化局、1997年)[1]
- 『日本の金融政策』(東京都足立区、1998年)[1]
共編著[編集]
- 『物価問題ハンドブック 1968年版』(谷川宏共編、労働旬報社、1968年)
- 『学問の人――宇佐美誠次郎』(安藤実、佐藤晶一郎、天野光則、大澤覚共同編集・執筆、「学問の人 宇佐美誠次郎」刊行会、発売:青木書店、2000年)
出典[編集]
- ↑ a b c d e f g h i 「花原二郎教授略歴と主要著作(PDF)」『経営志林』第37巻第4号、2001年1月
- ↑ 『岩波講座現代 6 冷戦――政治的考察』岩波書店、1963年
- ↑ 花原二郎、山宮文夫、向井一之、小坂政光「貿易自由化のもたらすもの景気の動向と印刷産業」『印刷界』第110号、1963年1月
- ↑ 『法政大学百年史』法政大学、1980年
- ↑ 日本母親大会十年史編纂委員会編『母親運動十年のあゆみ』日本母親大会連絡会、1966年
- ↑ 『住民と自治』第102号、1971年11月
- ↑ 花原二郎「『賃労働と資本』(第一回)」『学習の友』第241号、1973年9月
- ↑ 花原二郎「講演会 世界経済の現状と展望」『人と船』第57号、1989年1月
- ↑ 東京都中央卸売市場環境整備協会編『東京都中央卸売市場史 続編』東京都中央卸売市場、1993年