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竹谷英之

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
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竹谷英之 サッカーボール.jpg
名前
カタカナ タケヤ ヒデユキ
ラテン文字 TAKEYA Hideyuki
基本情報
国籍 日本国旗.png日本
生年月日 1979年6月21日(45歳)
出身地 千葉県柏市
身長 190cm
体重 82kg
選手情報
在籍チーム VONDS市原SECOND
ポジション FW
背番号 15
■テンプレート■ノート■スポーツPT

竹谷 英之(たけや ひでゆき、1979年6月21日 - )は、千葉県出身のサッカー選手。ポジションはFW

来歴[編集]

市立船橋高校から順天堂大学を経て、2002年よりJFL佐川急便東京SCに加入。長身かつプレーエリアの広い万能型FWとして初年度から出場機会を得たものの、翌年からはケガもあってレギュラーに定着できない時期を過ごした。そのなかで2004年天皇杯では、3回戦のジュビロ磐田戦で2得点をあげ、一時逆転リードを奪う健闘の立役者となった[1]2006年は当初途中出場が中心であったが、チームの連携が深まったシーズン中盤以降に先発出場の機会を得ると5試合で6得点とブレイクを見せ、初めて全試合出場を果たすとともにシーズン10得点と成績を伸ばした[2]

2007年、佐川東京SCが佐川急便大阪SCと合併して新たに発足した佐川急便SC(後のSAGAWA SHIGA FC)に加入。レギュラーの座を失ったもののスーパーサブとして勝負所で投入され、出場時間は少ないながら前年同様の10得点と結果を残した[3]。翌2008年には先発出場が増え、チームの調子が上がらないなかこの年も10得点と奮闘[4]2009年以降はケガの影響で出場を減らした時期もあったが、競り合った試合での得点力を買われて、チームが活動停止となる2012年までSAGAWA SHIGAで活躍を続けた。

2013年より、長くチームメイトである山根伸泉とともに地元千葉県VONDS市原に加入し、プレーを続けている。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1999 順大 18 - - - 2 0 2 0
2002 佐川東京 15 JFL 12 3 - - 12 3
2003 9 3 -
2004 23 3 -
2005 23 1 - 1 0 24 1
2006 34 10 - - 34 10
2007 佐川急便/
SAGAWA
SHIGA
33 10 - 2 0 35 10
2008 29 10 - 1 1 30 11
2009 19 4 - 0 0 19 4
2010 14 1 - 0 0 14 1
2011 32 2 - 2 0 34 2
2012 27 6 - 3 1 30 7
2013 V市原 16 関東2部 10 2 - - 10 2
2014 15 関東1部 6 0 - - 11 8
V市原セカンド 千葉県2部 5 8 - -
2015 千葉県1部 - -
通算 日本 JFL 255 53 -
日本 関東1部 6 0 - 0 0 6 0
日本 関東2部 10 2 - 0 0 10 2
日本 千葉県2部 5 8 - 0 0 5 8
日本 - - 2 0 2 0
総通算 276 63 -

脚注[編集]

  1. 試合日程・結果:第84回天皇杯全日本サッカー選手権大会:佐川急便東京SC vs ジュビロ磐田”. ジュビロ磐田. 2014年5月8日確認。
  2. 『2006 第8回日本フットボールリーグ公式記録』日本フットボールリーグ事務局
  3. 『2007 第9回日本フットボールリーグ公式記録』日本フットボールリーグ事務局
  4. 『2008 第10回日本フットボールリーグ公式記録』日本フットボールリーグ事務局