祝福と呪い

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祝福と呪い(しゅくふくとのろい)とは、祝福と呪いを並べて述べる事である。漢字だと「祝」と「呪」は良く似ているが、ほぼ逆の意味である。イスラエルの神ヤハウェは、人にそのように選択肢を与える事がある。

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わたしは命と死および祝福とのろいをあなたの前に置いた。

ヤハウェ、申命記(口語訳)30章19節の一部

  • 申命記の28章では、1節から13節までは「祝福」の内容が具体的に書かれているが、16節以降からは「呪い」の文言が、怖いくらい具体的に書かれている[1]
  • レビ記の26章にも、祝福と呪いが書かれている。
  • それゆえにユダヤ教は厳格になりやすい傾向があったのかもしれない。

祝福が、なぜ呪いとセットなのか[編集]

  • 神は人間ではないし不公平ではないので、人間に差別はしないという意味なのでは、と考える人は居る[注 1]
  • 人間の自由意志を尊重しているのでは、と考える人も居る。

民数記での話[編集]

  1. バラムは、イスラエルの民を呪う事を、モアブの王バラクから依頼された事があった。
  2. バラムは「わたしが告げることのみを述べなければならない」と神に念を押された。
  3. モアブの王バラクは3度、イスラエルの民を呪う事をバラムに頼むが、どれも敵を祝福する結果になった[2]
考察
  • 一旦神に祝福された民から、その祝福を取り去る事は人には出来ない、という教訓らしい。
    • 呪いを祝福に変える事もできる、とも見える。

キリスト教だと[編集]

ヤハウェってなんか怖いんですが、という人も居るのだが、裁く権限は子であるイエス・キリストに全て委ねたとされている。

父はだれをもさばかない。さばきのことはすべて、子にゆだねられたからである。

ヨハネによる福音書(口語訳)5章22節

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. 祝福と呪いでプラマイ0。

脚注[編集]

  1. 申命記(口語訳)第28章
  2. 民数記 22章から24章

関連項目[編集]